魔法少年は忘れたい

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 中島人形店でのことを思い出す。中島くんのお母さんがこのクマのぬいぐるみを作ったんだっけ。  偽絵里ちゃんは一歩ずつアドフィーに近づきながら微笑んで言う。 「作った人はね、あなたのご主人のお母さんに頼まれてあなたを作ったんですって。その時にね、『生まれた子が寂しくないように』って、そう願われてあなたは生まれてきたのよ」  私、それを聞いてうらやましいって思っちゃった、そう偽絵里ちゃんが呟いて、取り繕うようにフフッと笑った。アドフィーが少し首を傾げた。 「あら、まだわからないの? 『寂しそうだった』って声を漏らしてたあなたへの答えよ。博己って子の孤独を埋めるのは、あなたに任された役割だったのよ。こんなところで油売ってる場合じゃないってこと」  アドフィーはもう首を傾げてはいなかった。表情の動かないぬいぐるみでも胸の内に何を思っているか今なら少しだけわかる気がする。私は杖を取り出してぬいぐるみに聞いた。 「ねぇ、もう一度博己くんの隣に戻ってくれる。博己くんのぬいぐるみとして。彼の、家族として」  アドフィーは声をださずに首を縦に振った。首元の赤いリボンを押さえながら。  ショウはまだ偽絵里ちゃんの方を警戒している。私は持っている杖を構えて、優しくぬいぐるみの頭に当てた。 「それじゃあ、いくね。……『澄ませ、その心。遡れ、その心。始まりは一つの――』」 「――危ないッ!!」  突然ショウが私に覆いかぶさるように跳んできた。ショウの脇からギリギリ見えたのは……小瓶? 空から赤色の小瓶が一つ落ちてきて、地面についたとたん弾けて中の液体がぬいぐるみにかかった。 「ちょっと! 一体何のつもり?」  偽絵里ちゃんが瓶の落ちてきた方を見上げて叫ぶ。私からは見えないが、偽絵里ちゃんにはそこに誰かいるのかわかっている様だった。 「大丈夫?」  ショウが私に聞いてくる。庇ってもらったのは私の方なのに。ショウは偽絵里ちゃんと同じ方向を向くとすぐさま杖を取り出して魔法を唱える。 「『夜の帳も光を食らい、姿形が朝を吐く』」  またまた知らない魔法。部屋が一度まばゆく照らされると、さっきまで何もいなかったはずの天井近くに、黒いローブを着ている人物が浮いている。一体誰だろう。 「報わ、れ、たい……」  突然そんな声が聞こえてきた。 「報われ、たい……報われたい、報われたい報われたい報われたい……」  声の主は空浮かぶローブの人物、ではなくクマのぬいぐるみのアドフィーだった。見ると赤色の液体がかかった部分からどんどんスライムのようなうねうねが出てきて、少し前の時みたいにクマのぬいぐるみを覆っていく。 「――ナホ、下がって」  急に名前を呼ばれて驚いた。ショウはターゲットを空飛ぶローブから目の前で肥大化していくクマに切り替え、杖を大きく振って唱える。 「『凍れ』」  たった一言。同時に部屋は一瞬で冷気で包まれ大熊は氷の中に閉じ込められた。 「『奪え』」  ショウがそうもう一言唱えると、見る見るうちに大熊の体が小さくなり、そしてもとの大きさのぬいぐるみに戻った。氷が砕けてその場で消える。知らない魔法のオンパレード。本当にショウって一体何者なんだろう。  ぬいぐるみがもう動かなくなったのを確認して、ショウはため息をつきながら天井を見上げた。いつの間にか黒ローブの人も、そして偽絵里ちゃんも部屋からいなくなっている。ショウはまた初めに会った時の胡散臭い笑顔に戻った。 「いやあ、逃げられちゃった。まあ、あれくらいなら君とリンでもなんとかなるさ。……それより、あのぬいぐるみに今度こそ浄化魔法を撃ってくれる? さっきは邪魔が入ったけど、ちゃんと見ておくからさ」
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