桜の少女は近づきたい

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「でけぇ……」  琴宮邸の敷地はあまりに広く、門の前に立っても屋敷の全てを見渡せない。うちの屋敷も外から見たらこんな感じなんだろうか。たしか科学界(こっち)に来る前に『何かあったら琴宮家を訪ねろ』ってベルに言われたけど、結局訪ねるのは今日が初めてだ。  呼び鈴を鳴らして出てきたのは黒服の男。 「どちら様で?」  低い声でそう聞かれて少し怯んでしまった。琴宮家の執事だろうか。 「こ、琴宮絵里のクラスメイトの宮地だ。ここに桜井菜穂が来ていないか?」  黒服はポケットから長い棒の生えた黒色の四角い箱のようなものを取り出すと口元に当てて何かを小声で話し始めた。少し経ってその四角い箱からこもったような音がするのを黒服が確認して、俺に言う。 「来ていないそうですよ」 「……そうか」  一体どうやって連絡とったのか、やはり科学界にはいろいろ不思議なものがあるみたいだ。 「ちなみに琴宮……じゃなくて、えっと、絵里はいるか?」 「いらっしゃられますが、現在はピアノのレッスン中でして、お会いすることは叶わないかと。何か言付けがあれば私からお伝えいたしますよ」  ピアノのレッスンか。そういえば音楽の時間ピアノを弾いてたっけ。 「いや、それならいい。どうも」  琴宮邸を背にして歩き出す。ここにもいないとなると、次はどこだ? 「宮地様」  突然後ろから黒服に呼び止められた。何だろうと思って振り返ると黒服ともう一人、見知らぬ老人が立っていた。変わった服装だ。たしか和服っていうんだっけ。 「もしや、パラディフィールド家のご子息ではないか?」  しゃがれた声で老人が俺に問う。 「……よくわからないが、だとしたらどうなんだ」  相手に見えないように腰の辺りで杖を構える。いつでも魔法が撃てるように魔力を込めながら相手の様子を見る。  老人は長いひげを撫でながらハッハと豪快に笑った。 「そう警戒するな。別に取って食おうってわけじゃあない。話はベルくんから聞いておる」  ベルが? 俺がこっちに来ていることはコルレガリア王との機密事項だったはず。とはいえ、ベルがやみくもに情報を流すはずもない……なぜだ。 「まぁここで立ち話もなんだ、さあ中へ入りたまえ。……烏羽(からすば)よ、彼を応接室に案内してくれ」  老人は俺に背を向けて先に中へと入って行った。烏羽と呼ばれた黒服が俺に恭しく礼をして、門の方へ手を伸ばす。こっちへ来いということだろう。  ……菜穂が無事だとわかっている以上、あいつを探すのは後回しでもいいだろう。俺は烏羽に案内されるまま、琴宮の屋敷へと足を踏み入れた。
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