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~琴宮知造という人~
琴宮邸、広さもなかなかだが、中の装飾もよく凝っていた。ワフウとかセイヨウフウとかよくわからないけど、魔法界の内装とどこか似ているように思える。
烏羽に案内されて到着したのは椅子の並んだ応接間。その奥の席にさっきの老人が座っていた。老人はまた自身のひげを撫でながらハッハと笑った。
「さあそこへ。烏羽、彼のために飲み物を用意してあげなさい」
烏羽はこくりと頷いてすぐにその場から去って行った。俺は老人に言われた通り向かいの席に座る。柔らかいソファだ。屋敷にもあったけど、ばあやの家にも取り入れてくれないかな。
「さて、リン・パラディフィールド、いや、こっちでは宮地鈴くんだったね。君に課せられた使命については既にベルくんから手紙で知らされている。最近、この緑ヶ丘にて発生しているアドフィーの浄化と発生原因の調査。それが君が受けた王命。そうだね?」
肯定も否定もできない。いや、してはいけない。まだこいつが本当にベルから手紙をもらっているのか判断できない。
「お前はいったい何者なんだ」
向こうは俺のことを知っているようだが、俺にはこいつが魔法使いかどうかもわからない。こいつや烏羽の態度から、琴宮家の人間であることぐらいは予想が付くが、そもそも琴宮家がどういった金持ちなのかもわからない。
老人はそれもそうかといってまたひげを撫でた。
「儂は琴宮知造。『門』の管理人、といえばわかりやすいかのう」
「門っ!?」
魔法界と科学界をつなぐトンネル。それが『門』だ。お互いの世界に移動するとき、必ずそこを通らなければならない、世界を隔てる門。魔法界とこの場所、緑ヶ丘には古来より門が常に通じていると聞いていたが、まさかここに?
知造は俺の反応を楽しむようにゆっくりと話を続ける。
「そう。君は向こうから無理矢理こじ開けた門を使ってこっちに来たみたいだが、本来なら向こうとこっちを正式に行き来するには代々琴宮家が管理している『琴宮の門』を通らなければならない。それゆえ琴宮家は古来より、魔法界と科学界を結ぶ存在として常にあり続けた」
俺がこっちに来るときにはベルに門を開けてもらった。たしか、正式な手続きを踏んでいると他の御三家に気が付かれるからっていうのが理由だったはずだけど、その正式な手続きとやらがこれか。
烏羽が戻ってきて俺と知造に湯呑を差し出した。グリーンティー。熱いけど美味いな。ばあやが入れるやつより渋みがない。
ふと気になって知造に訪ねる。
「ということはお前や琴宮、いや絵里も魔法が使えるのか?」
知造は首を横に振る。
「琴宮家の先祖は科学界の人間。魔法使いの血が入ったことは一度もない。この屋敷で魔法が使えるのは烏羽と一部の使用人だけだ」
なるほど。たしかにこの前の音楽室の一件では琴宮も菜穂の魔力を浴びて失神してたっけ。けれどそれなら、ベルが言っていた『何かあったら琴宮家を訪ねろ』っていったい。
俺が首をひねっているのを見てか、知造はさらに付け加えて言った。
「たしかに儂らには頼りになる魔法使いはいないが、科学界に滞在している魔法使いならいくらでも紹介できる。そういうのを統括するのも琴宮の役割だ。何かあれば遠慮なく言いなさい」
こっちに滞在している魔法使いか。多分ろくな奴がいないだろうけど。
俺は特に返事することなく、再び知造に聞いた。
「それで? 結局なんで俺を呼び止めた。まさか挨拶してそれで終わりってわけじゃねぇだろ」
知造の眉がピクリと動いたように見えた。
「……ご名答。実は儂の愛孫、絵里についての話なんだがな」
そこまで言って、知造は短くため息をついた。もしかしてこいつ、昨日街を歩いてた偽物についてもう何か知っているのか。
「あの子はまだ魔法について知らん。知らんはずなのじゃ。だが、烏羽、それに絵里の世話係の使用人によれば絵里に何かしらの魔力の痕跡が残っている様なんじゃ。……何か心当たりはないか?」
ギラリと知造の目が光る。俺が琴宮に何かしたと疑われているのだろう。馬鹿々々しい。考えられるのは偽物の仕業――いや待て。
「ないな。そっちではどう考えているんだ」
知造は隣に侍っていた烏羽に視線を送ると、何かを感じ取った烏羽が説明を始めた。
「私どもでは何の魔法が使われたかまではわかりません。ただ、魔力を持っていないお嬢様から魔力の匂い、というと変かもしれませんが、そのようなものを複数人で感知したため、知造様に報告しました」
なるほど。心の中でそっと安堵する。偽物が何かしたのもきっとあるだろうが、もしかしたら、いや本当に違うかもしれないけどもしかしたら……俺と菜穂が時計のアドフィーを見つける際に魔力を放ったあれが原因かもしれないのだ。流石に「それは俺たちがお前の孫を失神させたからだ」なんて言えない。偽物のことも「昨日、お前の孫の偽物見たけどうっかり逃げられちまった」なんて口が裂けても言えるはずがない。
俺はいたって冷静に、知造に言った。
「何の魔法が使われたかわからないなら、誰が犯人かなんてわからないにゃ」
やべぇ噛んじまった。
知造はしばらく鋭い目で俺のことを見ていたが、やがてまたハッハと豪快に笑って立ち上がった。
「そうかそうか。ならまあよい。この件についてはこっちでも調べるが、どうか君にも頼んでおこう。なに、アドフィー退治のついでくらいに思ってくれ。では、そろそろ儂はやらなければならないことがある。先に失礼するぞ。烏羽、彼を屋敷の外まで送ってやりなさい」
知造がそのまま応接間を出て廊下を進むを確認して、ふぅ、と今度こそ安堵のため息。とりあえず、琴宮家について知れたということで俺にも収穫があった、のか? 事前にばあややベルに知らせておいてほしかったが……
烏羽に屋敷の門まで送ってもらい、再び菜穂探しに戻る。いや、結局あいつどこにいるんだろう。
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