桜の少女は近づきたい

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~結局帰って~ 「ただいま……」  さんざん外を歩いたが、結局菜穂を見つけることはできなかった。本当、どこにいるんだあいつ。 「あ、おかえり宮地くん」 「ああ、ただいま……ん?」  いるじゃねぇか。玄関でばあやと一緒に出迎えに来た菜穂は驚く俺を不思議そうな目で見ている。不思議に思っているのはこっちなのに。 「おい、お前一体どこにいたんだよ」 「え、ずっとここにいたけど?」  ねぇおばあちゃん、とばあやの方を向いて確認する。 「坊ちゃんが出かけたすぐ後に、ナホちゃんがやってきたんですよ。坊ちゃんを訪ねてやってきたようだったので、外で探し回るより、ここで待っていた方がいいと思ってばあやと二人で待っていましたよ」  そんな言い方をされるとまるで外で探し回っていた俺がバカみたいじゃないか。何だか納得いかない。 「まあいいや。ちょっとこっち来い」  菜穂の腕をつかんで二階へ連れて行く。菜穂は驚きながらも特に抵抗はしなかった。ばあやが階段を上る俺たちに言う。 「暗くなる前にナホちゃんを帰してあげて下さいね。私は店番に戻りますから」 ~ごめんなさい~ 「ごめん」  部屋に入って開口一番に謝る。  菜穂は何で謝られたかわからないようだった。 「アドフィー相手にお前を一人残して倒れた。こっちから巻き込んでおいてその上俺の力不足で危険にさらして……ごめん」 「なんだそんなことかぁ。びっくりしちゃった」  菜穂はあははと苦笑い。 「危険なんて承知の上で協力しているんだから、今更だよ。それにあの時はショウ……じゃなくてベルさんに助けられたから大丈夫だったし。それより宮地くんこそ大丈夫――」 「そんなの結果論だ。ベルが来ようと来なかろうと、絶対に俺はあの場で倒れちゃいけなかった。……正直言って、軽く考えていたんだ。あのアドフィーを前にしても、今の俺ならきっと問題ないってそう思ってた」  忘れたい、けれど忘れちゃいけない過去の自分。初めてアドフィーを目の前にした時とほぼ同じ姿のアドフィーを目前にしても、今の自分なら、変わったはずの自分なら、きっと乗り越えられる。そんなふうに思っていたんだ。 「けど無理だった。ぬいぐるみがあの大熊の姿になった時、どうしようもなく怖かった。思い出してしまったんだよ。嫌で嫌で忘れたかった事を。怖くて怖くて動けなかったあの時のことを。重ねてしまったんだよ。俺が魔法をかけたぬいぐるみのことを――」 「――それが、テディ?」  え?  菜穂がポツリと聞いてきた。続けて言う。 「昨日ね、宮地くんが気を失って倒れた時にね、見えちゃったんだ。広いお屋敷と、黒い髪の男の子とそれから、テディって呼ばれているクマのぬいぐるみ。男の子がクマのぬいぐるみに魔法をかけるところで途切れちゃったんだけど……ごめんなさい。私勝手に宮地くんの記憶を……」  驚いた。契約魔法の効果だろうか。知識だけでなく、記憶まで共有できるなんて。  目を瞑って頭を下げる菜穂。小さな拳をグッと握って、プルプルと震わしている。こいつが謝る必要なんて全くないのに。 「……昨日さ、お前『アドフィーって作れるの』って聞いたよな。お前が見たのはその答えだよ。昨日俺の口から言えなかった、俺が初めてアドフィーを作った時の話」  立っているのもつかれたので、窓際のベッドにボフッと腰を下ろした。右手でベッドの空いているスペースを叩いて、菜穂を呼ぶ。  菜穂は少し戸惑いながらも、俺の意図を察したようで隣に同じようにボフッと腰を下ろした。 「目を瞑れば嫌でも思い出す、最悪の事件。誰かに話すことすら怖くて、昨日、お前にも言えなかった。『いつか話す』そう言ったよな?」 「う、うん……」 「まだ一日しか経っていないけどさ、聞いてくれるか」  菜穂は今度は声を出さずに頷いた。俺はそのまま後ろに倒れて、横になった。上を見上げると、ちょうど棚に飾っている今はもう動かないテディと目が合った。……テディ、これからお前の話をするよ。旅先で出会った、大事な仲間に、お前の話をするんだ。だから……許してくれよな。  
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