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賑やかさには事欠かない、町のようだ。
ここから、1km程入り込んだ小さな路地に、シミの汚れや白壁の破損が目立つ、5階建ての団地がみえる。
階段に取り付けられた電灯は、蜘蛛の巣にまみれ、点滅しているモノや、既に無くなっているモノなどが目についた。
そこへ、どこからともなく現れた一人の背が高い男性が、団地の階段をあがっていく。
その整えられていない黒髪や、着ている白いジャケットの綻《ほころ》びを見る限りでは、おおよそ貧相な日常生活が窺えた。
しかし、『腐っても鯛』という故事がある通り、この男性は無精髭こそ生やしていたが、その端正な顔立ちから好感のある見た目をしている。
皺のできた衣服を気にせず、片手に缶ビールを持ったまま、おぼつかない足取りで階段をのぼっていった。
無造作に開いたシャツの胸元から、金のネックレスが見える。
30歳代ほどのこの男性は、4階まであがってくると、『竜崎《りゅうざき》』と書いた表札の入口に立つ。
そこで、一気に残りの缶ビールを飲み干して、その場に空き缶を捨てた。
「おう。帰ったぞ。」
そう言うと、男性は玄関ドアを開けて中へと入っていく。
竜崎 洸一《こういち》。32歳。
この背の高い竜崎からすると、あまりにも狭い玄関とその先に見える台所。
6畳程の居間には、妻らしき30歳代の女性と、年長幼児ぐらいの女の子がいた。
どこか怯える二人に構わず、男性は居間に座り込む。
「あなた。今日こそ、仕事見つかったの?」
恐る恐る女性が、警戒した表情で尋ねた。
その途端、
「うるせぇ〜‼︎」
という怒号が響き、勢いよく竜崎の平手打ちが女性の顔を捉える。
一瞬の打撃に、女性は体ごと激しく弾け飛び倒れた。
自分の顔を抑えたまま、起き上がれない女性。
傍にいた女の子が、泣き喚きはじめた。
「・・まったく。口ごたえしやがって。俺の仕事は、パチンコだろうが。」
居間に座り直した竜崎が、女性に吐き捨てるように言う。
竜崎 景子《けいこ》。28歳。
竜崎洸一の妻。
その倒れ込んだ景子に、すがるようにして泣いている娘、竜崎 美羽《みう》。6歳。
ゆっくりと体を起こし、やっと座った景子の顔は赤く腫れ、口からは血を流していた。
「この子と私たち三人・・。あなたが働かないで、・・どうやって生活していくの。」
そう呟くような景子の声に、ピクリと反応した竜崎が、再び怒りを露《あら》わにする。
居間のテーブルが、激しく音をたてて蹴り倒された。
「お前がもう少し、パートで稼いでくれば、なんとかなるだろうが‼︎」
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