10人が本棚に入れています
本棚に追加
あとに残った李念は、ホッと溜息をついた。
朝一から、運の悪い出来事に遭遇した、と思いながら、慌てて通勤していく。
最寄りの駅から、電車で二駅行った所の小さな町で、李念は降りた。
駅から町外れの工業地帯へ、徒歩15分程歩いていく。
李念は、その一画にある大きな倉庫へと入っていった。
アルミ製のドア一枚を抜けると建物内に入り、そこから細い通路を進む。
再び、アルミドアを開けて中に入ると、そこはどうやらロッカーの立ち並ぶ更衣室になっていた。
そのうちの一つのロッカーを開けて、李念は服を脱ぎはじめる。
そして制服ともいえる、白い衛生服へと着替えるのだ。
その後、更衣室に二人の若い男性が入ってきた。
「お、新人類の李念くん。今日も、俺たちは早く帰りたいから、もたもたしないで働けよ。」
そんな言葉を嫌味そうに、言ってくる。
李念は着替えを続けながら、いつものように苦笑いで応えた。
「あ、は、はい・・。」
その様子を嘲笑うかのようにしながら、二人の若い男性たちは、更衣室を出て行く。
「李念ってさ、実は俺たちより、歳上らしいよ。」
「えっ? マジかよ! 」
李念は、何事もなかったかのように、着替えを終え、ロッカーを閉めた。
この時点で李念はすっかり、その見た目が様変わりしている。
真っ白な帽子を被り、大きなマスクで鼻と口を覆い、僅かに目だけが見えている状態になっていた。
それが顔だけに留まらず、真っ白な上下の衛生服を着込んでいる。
そして李念は、入ってきたドアとは別のドア、つまり今の若い男性たちが出ていった方のドアから、別の空間へと移動する。
そこは更衣室よりも何倍も広い所で、大きな機械があり、それが稼働する音がやけに賑やかだった。
動くコンベアーのような機械を取り囲むように、李念と全く同じ格好の人たちが10名程、それぞれの持ち場に配置し、作業を始めている。
少し小太りな体型の李念も、おもむろに機械の一部へと配置した。
ここは、漬物工場。
今まさに、漬物を出荷するまでの流れ作業の工程が今日も始まったのである。
「遅いよ!」
騒がしい機械の音にかき消されながらも、作業をしていた年配風のおばさんが、李念を叱りつけた。
李念は、すぐに明るめのグリーン色したゴム手袋を装着し、作業を始める。
原料となる野菜の貯蔵方法には大きく『常温貯蔵』と『低温貯蔵』の2種類があり、野菜の性質に合わせていずれかの方法で貯蔵し、味が落ちないよう品質管理を徹底しているのだ。
最初のコメントを投稿しよう!