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「よろしい。現場に戻りなさい。」
工場長のその言葉に、李念は頭を下げたまま、部屋を出ていった。
その日の勤務終了後、帰途する李念の体は、いつもよりも重たい。
体はもちろん疲れていたが、それ以上に気持ちが重くて、無意識に歩いているような感じだった。
そのくせ、頭の中はポッカリと空洞になったかのように虚無感が広がり、時間すらも感覚がなくなっている。
いつもの駅でおりて歩き続けていたが、アパートの近くまでくると、ふと別のルートへと向かっていた。
李念が辿り着いた先は、薄暗くなった公園である。
縦横それぞれ100メートルぐらいの長さはあろうかという広さの公園だ。
滑り台やブランコ、砂場やベンチなどがあり、昼間は近所の母子が集まる賑やかな場所だろう。
今の時間は電灯が灯された、誰もいない空間だった。
李念は、おもむろに傍にあったベンチに腰掛ける。
アパートに帰ったとしても、ただ一人の空間は間違いないが、解放された外の空気を感じたいと思った。
今日、工場長に言われた言葉が、頭の中に甦る。
それを拭い去るかのように、頭を何度か左右に振ると、冗談じゃない! と強く思うのだった。
前は、鮮魚店に勤めていたのだが、出勤は朝6時からで、店長が市場で仕入れてきた魚をまな板の上で捌いていく。
鮮度の重要な魚は、寒い冬でも氷水に浸けて洗い流した。
その時の大変さを考えると、やっと見つけた今の漬物工場での仕事の方が、マシだったのだ。
生活していくには、どこかで働くしかないし、家賃だって支払わなくてはならない。
辞めろと言われても、辞めるわけにはいかないのだ。
そんな李念にも、夢があった。
自分でレストランみたいな飲食店を経営し、実際に自分が料理を作って、お客さんに喜んでもらいたい、と考えている。
しかし、学力もなくお金もない李念にとっては、叶いそうもない非現実的な妄想でしかなかった。
電灯だけに照らされた、誰もいない公園にいると、まるで一人だけ隔絶された世界に取り残されたような気がする。
李念の小さな溜息は、夜の公園に虚しく消えていった。
そして、次の日。
李念は気持ちを切り替えて、また今日も漬物工場へと出勤し、普段にも増して汗を流して働いた。
何が良いと評価されて、何が悪いと指摘されるのか分からない部分もあるが、とにかく精一杯、作業をこなす。
相変わらず、同じ工場で働く従業員と、挨拶以外は会話する事などなかったが、それでも何となく今日は良く頑張れたとご満悦な気分だった。
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