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「いや、この前さ、松田さんと江戸川さんに道場で逮捕術っていうのを習ったんだよ。」
「だからって、俺で試すなよ。」
貴志は、真剣な表情で言い返す。
「ハハ、悪かったな。まあでも、俺も習ったっていっても、ほんとに少しの時間だけだったけどな。あの二人の刑事は、突然バタバタと慌てて出掛けていったんだ。」
昌也が説明し、まだ機嫌の治らない貴志に続けて言った。
「逮捕術を習う時、お前も誘おうかと思ったけど。貴志は、そんな格闘技とか嫌いだから、断ると思って、な。」
「いや〜、俺は逮捕術とか格闘技とか、そんな痛そうな事は無理。誘われても行かないよ。バスケも行かないけど。」
貴志は慌てて、否定するかのように答える。
「お前ってさ、なんか楽しみとかあるのか? バイトは続けてるけど。」
昌也が、気にかけた様子で尋ねた。
「いや、まあ、バイトは確かにやってるけど。楽しみっていったら・・・。」
貴志は、少し困った様子で考えはじめる。
それを見透かすように、昌也が言った。
「特に楽しみなんてないだろ。貴志。お前、高校卒業した後、どうするんだよ。何か考えてるのか?」
「な、何だよ、いきなり・・。学校の先生みたいな事、言うなよ。」
やや困惑気味に返答する貴志。
向かい合っていた二人は、再び一面に広がる景色へと向き直った。
貴志と昌也の会話が、まるで無に帰すかのように、のどかな風景は、穏やかに佇んでいる。
「そういう昌也は、なんか決めてるのかよ?」
今度は、貴志が聞き返した。
「う〜ん、まだハッキリと決めたわけじゃないけど。・・・何となく、な。」
遠くに視線を移したまま、昌也が答える。
「なんだよ。お前だって、まだハッキリと決めてるわけじゃないのか。俺と一緒じゃん。」
貴志が、同類の同等だという事を伝えた。
「ハハ、まあな。でも、自分でもよく分からないけど。少しずつ、やりたい事に気がついた感じがしてきたよ。」
昌也は、笑顔を見せながら、貴志に告げる。
「ふ〜ん。そうか・・・。」
いまいち、ハッキリとしない貴志だったが、それに対して喝を入れるかのように突然、昌也が背中を叩いてきた。
「ま、最後の高校生活。一緒に頑張ろうぜ、貴志!」
「痛っ!・・くぅ。」
叩かれた背中を押さえて、貴志が顔を歪める。
「いきなり、叩くかよ!」
「ハハハハ!」
二人のじゃれ合う声が、屋上から空へとかき消されていった。
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