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貴志が、飲み物を口にする前に、鬼切店長の説明が入った。
二人だけの空間の中、貴志は言われるままに、グラスのスムージーを一口飲んでみる。
コメントを待ち、じっと表情を窺う鬼切店長。
「あっ! ・・美味しいです! このスムージー、美味しいですよ!」
突然、貴志が声を上げて、感想を告げた。
思わず、ニンマリと笑みをこぼす鬼切店長。
「そうか。美味しいか! ハチミツが絶妙に、効いているだろ。」
「そうですね。フルーツと、ハチミツの甘さが丁度良いですね。」
貴志は、料理人よろしく答えながら、再び二口目を口に運んだ。
鬼切店長も嬉しそうに、スムージーを飲み続ける。
オシャレなインテリアと、高級そうな家具に囲まれたこのリビングで、貴志は横目で鬼切店長を見た。
今日突然、鬼切店長に呼び出されたわけだが、本題であるその用向きが何なのか、貴志は考えはじめる。
スーパーのバイトの件だろうか。
それとも、母・叶恵の件だろうか。
あるいは・・・。
そんな詮索をしていたのも束の間、鬼切店長のほうから、投げかけてくる。
「貴志。今日、お前を呼んだのは、ちょっと頼み事があってな。」
その切り出し方と、いつもと少し雰囲気が違う鬼切店長に、貴志は戸惑いをみせた。
「あ・・、は、はい。」
そして鬼切店長が、持っていたグラスを前のテーブルの上に置く。
貴志は、そのグラスをじっと見つめ、氷だけになった中身を見守った。
「頼みというのは、・・・是非お前に、俺の『前世』を見てもらいたいんだ。」
真っ直ぐな瞳で、鬼切店長は伝えてくる。
貴志の中に、更に動揺が広がった。
人の『前世』を見る事など、これまでに何度もやってきたし、貴志自身、その事に慣れていたはずだったし、とりわけ特別な頼み事ではないはずである。
それに、『前世』を見てあげる事は、非道な事をやっているわけでもなく、むしろ人からは感謝されてきた。
それから考えると、この鬼切店長からの依頼で、戸惑う貴志の心理が、どうにも当てはまらない。
本心では、どこか気が進まないのだが、断るわけにもいかず、ましてや、その理由も見つからなかった。
貴志が、いまひとつ乗り気になれない原因として、かなり前に鬼切店長から『前世』を見るやり方を習った際、試しとして体に触れ念じた時に、見てはならないモノを見てしまった、という罪悪感を感じたからである。
その時は、ほんの一瞬だけしか脳裏に浮かんできてなかったので、詳しい『前世』の内容は知らないが、とにかく見てはならないという予感だけが印象に残っていた。
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