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貴志は頭の中で、罪悪感と戸惑いで葛藤している。
「俺の『前世』。見てくれるのか? どうなんだ?」
迷っている間にも傍にいる鬼切店長は、貴志のその気持ちを払拭するかの如く、問い詰めてきた。
「あ、はい。・・分かりました。見ますよ。」
そうは答えてみたものの、貴志自身を引き留めるかのように、不安は膨らんでいく。
鬼切店長は姿勢を正し、2〜3度深呼吸をして、心を落ち着けていた。
「あの、鬼切店長。結構前に、『前世』の見るやり方を鬼切店長に教えてもらったと思いますが・・。あの時は、相手に触れて見ていくやり方だったと思います。今回は、ヒプノセラピーを使いたいと思います。」
貴志が、説明する。
「ヒプノセラピーか。いいよ。やり方は、お前に任せるよ。」
鬼切店長は、穏やかな表情で答えた。
「じゃあ、・・始めます。」
貴志は、穏やかに告げた。
「鬼切店長。まず、ゆったりした姿勢が取れるように、ソファへ横になってもらえますか?」
鬼切店長は貴志に言われた通り、ソファに全身を預けて、半分寝転がった体制になる。
貴志の言葉が続く。
「そして目を閉じ、全身の力を抜いてリラックスしてください。」
鬼切店長が静かに、目を閉じた。
耳から、穏やかな貴志の声が入ってくる。
「肩の力を抜いて・・、手の力も抜いて・・、今度は足の力も抜いていきます・・・。」
鬼切店長は、身体の部分の力を徐々に抜いていった。
貴志の声が、優しく、導くように聴こえている。
「・・・全身の全ての、力を抜いていきます・・。そう。少し身体が浮いているような感覚・・。ここは、誰もいない静かな森の中。緩やかな風と、優しい木漏れ日が差し込んでいる。」
いつしか貴志の声は、耳ではなく、直接脳内へと語りかけてきているような感じになった。
「・・重い身体から抜けだして、・・空気、そう。風と一体になる・・。全ては、風に任せて・・。ゆっくりと流れていく・・。」
鬼切店長は半睡眠状態になり、意識はあるものの、心地良い空間へと運ばれていく。
どこからともなく、貴志の声が囁いてきた。
「・・今、何が見えますか?・・どんな気持ちですか?・・何か感じますか?・・・。」
鬼切店長の口から、微かに吐息が漏れる。
眩しく真っ白な光の中にいた。
その光がゆっくりおさまると、何かが見えてくる。
————————・・・
とある小さな港町。
一艘の漁船が堤防の傍を通り、沖へと出かけていく。
古い板や、トタン屋根で作られた長屋が立ち並んでいた。
どこからともなく船の汽笛が鳴り響き、それに合わせるように鉄鋼のけたたましい音がよそから聞こえる。
蝉《せみ》が、夏の思い出に悔いを残さぬよう、必死に泣き続けていた。
近所では、白いランニングシャツの子供たちが数名、走り去っていく。
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