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「手紙?」
実家の母親からだろうか。また父親と喧嘩でもしたのかもしれない。つい先日なだめる返事を寄越したばかりなのに、まだ仲直りしていないのか―――杢太郎の予想に反し、ふさ江は「いいえ」と首を振った。
「お名前は存知上げない方でしたけど、住所は京都で……」
「!」
ふさ江の言葉をみなまで聞かないうちに、杢太郎は二階の自室に駆け込んでいた。
窓際の文机には白い封書が一通、杢太郎の帰りを待っていたかのようにぽつんと置かれていた。
コートも脱がないまま、杢太郎は封書の裏を見る。そこに待ち望んでいた名前を認め、思わず、ああ、と声が出た。
「……やっと返事を寄越したか」
ペーパーナイフを使うのももどかしくて、指先で封を剥がす。折りたたまれた便箋から漂う甘い香の薫りにそぐわないものを感じながら、杢太郎はそこに書かれた文字を目で追った。
里見 杢太郎様
今度東京に行くかもしれん
小野 玄 拝
「……今度っていつの話だよ、玄さん」
答が返ってこないまま、呟きは夜の空気に溶ける。
わずか十数文字の手紙に杢太郎が頭を抱えるころ、遠く離れた京都の空の下ではくしゃみの音が響き渡った。
<了>
ここまでお読みいただきありがとうございました!
連日更新は一旦終了ですが、杢太郎と玄の物語はこれからも続きます。更新再開の際は、また2人の青春を見守っていただけると嬉しいです。
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