私とあたしのこれまでとこれからの事は解らないのか

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 私はこれまでのあたしと別れる事にした。自分を自分で無くす。そんな事は完全には出来ないのかもしれない。これまでのあたしの事を全て無かった事になんて出来なくて、その記憶は永遠と残り続ける。例え自分を殺したところでそれはやっぱり消えてくれない。でも、眠らせておくことは出来るだろう。この先の未来で呼び起こされる事は無い事を祈っている。  さあこれまでのあたしはおやすみなさい。  これからは新しい私として生きてゆくのだ、と思ったのはもう八年も昔の話になる。アレは大学に進学する時に思った事だ。  高校までの自分の事をあたしと呼んでいた私は本当に、みっともなくて、弱虫で、情けない、私の嫌いな人物だった。そんな人生をそれからも続ける事に呆れてしまった私は、そんなあたしと別れを告げた。  遠く海の底に沈めてもうあたしが出てくることも無い様にそれからの日々を過ごした。  あたしの頃に出来なかった事はなんでも進めた。引っ込み思案で恋人どころか友達を作る事も苦手だったあたしだったけれど、私は違う。格好だって田舎クサイ服装は辞めて、髪色も真っ黒から明るくして、クセの有る髪の毛もどうにか毎日整え、化粧もまdんだ。そのおかげもあって大学では友人が多くて、そして普通に恋人も作った。  友達はやたらと明るくて日影に居たあたしなんかとは似合わない人間達で、なにより恋人が違った。  あたしだった頃は好きな人が居てもそんなものを表に出す事なんて、全くできなかった。そりゃあ好きな人と一緒に居るだけで楽しくてうれしくて、ずっとそんな時間が続けば良いと思っていたけれど、それを叶えるためにどうのこうの出来るものでもなかった。  あの時の彼は地元に残ったけれど、あたしはそれを選択する事も出来ないで、受かった遠方の大学への進学を勧めた。  そして私になった頃には大学で悔いを残す事も無く過ごす様に遊び回った。不慣れな騒ぎ立てる様な遊びにも積極的に参加をした。だから友達はあたしの頃とは違う。そんな風になった私の事を好きだと言ってくれる人にも巡り合ってお付き合いもした。  それから私はまだまだ先を見続けた。大学を卒業しても生まれ育った田舎街には帰らないで、大学より更に都会を目指して、東京の会社に勤める様に努力をした。  涙ぐましい努力は報われて就職にもこぎつけて、大学の友人と別れまた一からのスタートをしたけれど、それでも私はもうあたしとは違う。  あの頃のあたしだったら友人探しからまた始まるのかと思ったら、再出発なんて出来なかった筈だ。でも、取り敢えず会社の同期と仲良くして、先輩にも媚を売ると友人なんて簡単に出来た。  なんの問題も無い。もう私は昔のあたしとは違うのだと確信した頃、その時に付き合っていた恋人にプロポーズをされた。  あたしならまだ迷っていただろう。大学を卒業して一年程でまだそんな決心は無かったから。結婚なんて急がなくても良いから三十くらいまでにはしていたら良いなってあたしは思っていた。でも、あたしがそう思っていたのだから私はその反対を選んだ。  相手は私の事を好きと言ってくれて、しかも結構高給取りで生活も上々な人間だったので、それで正解なんだ。私はずっとそう思っていた。  それなのにこれまでずっとあたしを思い出さない様に過ごしてきたのに、そんなあたしが私の前に再び現れた。それは古い友人からの一通の手紙。その友人は幼馴染どころか近所でほぼ同時期に生まれ一緒に育った女の子。生まれる前からの知人とも言える。私があたしの頃から唯一捨てられなかった友人だけど、もう何年も会ってなかったけど、そんな親友からの結婚式の招待状が届いた。  彼女は夢だった東京のテーマパークでの結婚式を開くので、そこに私も出席してほしいとの事だった。でも、彼女の望んでいるのは私じゃなくて暗いあたしなのかもしれない。そう思うと一瞬戸惑って、その時にあたしが目を覚ました。  一方的に断る事も出来なくて、取り敢えず私は彼女に電話をした。 「久し振りだね。元気だった?」  もう彼女の声を聞くのも何年振りになるかも解らないくらいだったけれど、彼女は電話であたしに対して懐かしいイントネーションと共に語っていた。 「まあ、元気かな」  懐かしさにあたしに気圧されそうになりながら、私はどうにか適当な懐かしい親友との会話を暫く続けた。そして核心を聞く。 「でもさ、もう何年も会ってないのに私が出席しても良いの? 場違いにならない? 今の友達とかを呼んだ方が良いと思うよ」 「そんな事無いよ。貴女だから出席してほしいの。お願い! 今の友達なんて押しのけても席は用意するから!」  彼女の決心はかなり硬い様だ。そして目覚めたばかりのあたしも喜んでしまっている。私はあたしの思い通りになりそうで怖いのに。 「相変わらず強情だね。本当に私が必要?」 「憶えてないかなー。子どもの頃にお互いの結婚式には一番の友人として出席しようって約束したんだよ」 「そうだっけ? だとすると約束を破った人間だよ」  私の耳元であたしが懐かしさで叫んでいる。あたしはずっとその事を憶えていた。だけど、そんなあたしなのだから私は自分の結婚式の時に彼女に知らせもしなかった。そんな友人の約束を守るとは恐れ入る。 「それは気にしなくて良いから私の時は出席してよ」  私の中であたしが喜び叫んで賛成している。それに負けてしまった訳では無いが、こんなに頼まれたら断れるものでもない。 「解った。出席するよ」  若干疲れながらもそう答えると、彼女はあたしと同じくらいに喜んで、更に結婚式の前日に会おうとその約束まで決めてしまった。  彼女の結婚式前日は雨降りだった。どんよりとした空は私の心模様の様に広がって辺りを薄暗くしていたが、そこに光が舞っていた。彼女は八年前と全く同じ笑顔ですっかり変わってしまった筈の私を直ぐに見つけると、走って近付いた。 「解らないかと思ったけど、良く見つけたね」 「私たちの付き合いの長さを忘れてるの?」  あたしとは違って彼女はとても明るくてハキハキとしている子で、私の憧れの存在でも有った。でも、今になって見たら、やはり彼女の方が田舎臭さが有って、私の方がこの街に馴染んでいる。  それから私たちは都会のオシャレたあの田舎街には到底無いカフェで話をする事にした。 「しかし、まさかあの時からヤツと付き合ってたの?」  それは彼女の結婚相手の事。その相手の事は私もあたしの頃から知っている。と言うか、二人共通の小学校からの知り合いなのだった。 「そう。おかしいでしょ。あんな泣き虫坊主だったのに」  彼女の相手はあたしよりも弱っちい男だった事が記憶に有る。もうホントに彼女には似つかわしくない。だから中学の卒業の時、高校で離れてしまう事をキッカケに彼女がその相手に告白をすると聞いた時には、当時のあんなあたしじゃ 無かったら大反対をしていただろう。しかし、彼女の想いはとても真っすぐで、そして相手の方もそれをもう知っていて、それから二人は恋人となっていた。  喧嘩をしても離れる事も無く、あたしが知っている間はずっと仲良しだった。そして私も知る通りこの度結婚する事になったとの事。でも、正直に言うと今でも全面的に賛成している訳では無い。彼女の相手は高卒で小さな会社に勤めて、働いていた時の私よりも給料は少ない。  そんな相手は彼女にはふさわしくもないと思いながらも、それでも今の彼女はとても幸せそうに笑っていた。 「なんか、二人の立場が真逆になったみたいだね」  彼女の言うのはその通りだ。元々私より彼女の方が華々しくて、田舎街で同級生と結婚してしまう人間には見えなかった。 「それを選んだのも貴女でしょ」  私の憧れの彼女は大学進学を恋で諦めた。相手は就職で地元に残るので、大学どころか専門学校すらも無い田舎に彼女が残るなんて夢にも思わなかった。それでも彼女は恋を選んだ。 「だって、好きだったから。それより驚きはそっちでしょ。昔の私の夢を叶えたみたいに生きてる」  そう。私のあたしを眠らせてからの人生は彼女を目標にしていた。事ある毎に彼女だったらどうするかを考えて、あたしじゃなくて彼女の考えの方を私は実行していた。 「東京だって、そっちは別にって思ってたでしょ」  痛い事を言われてしまう。あたしがまた目を覚ます言葉だ。起きないで。 「それはっ、人並には憧れてたよ」  確かにそんなところまでも彼女の思っていた事だった。だからついついトーンダウンをしてしまった。あたしにとってこんな都会は似合わないだろう。当時だってそう思っていたし、今でも私はそう思う。だけど、本当にちょっとは憧れも有ったし、彼女みたいになるには必須だと思っていた。そして今の私ならこの街も似合っている筈と。 「私とは違ってあの子はずっとこの街で過ごすんだろうなーって思ってたのに、実際今になってみたら真反対」 「恨んでたりする?」  私は随分あたしになってしまって、昔みたいにぼそぼそと喋って考え方も暗く、今も申し訳なく思って聞いていた。  しかし、そんな事を聞いた彼女は高らかに笑った。 「なんで? 私は幸せだよ。なんなら私の夢を叶えてくれたみたいで、ちょっと嬉しかったりもする」  その言葉にホッとした。 「そっか」 「だけどだよ」  次に彼女はそう言うと私が振り向いた時にジッとこちらの方を見詰めていた。とても強いあたしにはもちろん私でも出来ない様な瞳。強い女の子。そんな演じきれない彼女がそこには居た。 「無理をしてない?」  雰囲気の割には簡単な答えだった。若干呆気にとられた気分にもなってしまったが、その時にあたしがスッと消えた様にまた私に戻れた。 「そんな事。ないって! 私も今が楽しいよ」  ニコニコと笑って返事をする事が出来ている。これは私の本心と言う事なのだろう。やはりもう私にはあたしなんて必要ない。 「なら良いけど」  彼女は納得している様な顔をしていた。  ずっと雨模様の空は更に雨粒が大きくなってバチバチとカフェのタープを叩いていた。そこから見える都会の景色を眺めるとなんだか夢を見ているみたい。これまでの現実が全て夢だったみたいに思える。こんな事も久し振りに目を覚ましたあたしが私に見せているのだろうか。  でも、もうそんなのには悩まされない。私はあの昔のあたしに勝ったんだ。もう怖がる事も無い。私は私、あたしには戻る事は無い。そう思えた瞬間でも有った。  暫く彼女と二人で雨の東京を見ているとそこに懐かしい声が近付いていた。今日はこんな事ばかりだ。彼女の事だってもう何年振りで非常に懐かしいのに、更に懐かしい気分になっていると、そこに現れたのは二人の男だった。  二人共誰かは直ぐに解った。見た目は歳を取ったと言えば言い方が悪いけれど、ちゃんと大人になっている。そんな片方は彼女が直ぐに近寄って雨に打たれた髪の毛を持っていたハンカチで拭ている。そう、彼女の結婚相手だ。  そんな行動も有ったから直ぐに解ったんだけど、もう片方の人。その彼を私が目にした時には心臓が止まってしまったのかと言う程に痛みを憶えていた。その痛みはあたしだった頃に細やかに憶えていた事。ずっと大切に思っていた。  彼はあたしの想い人だった。 「参ったな。こんなに雨が強くなるなんて」  話し方ですら柔らかいのは彼女のお相手の方で、彼女の事だけを見て、私の事を気にしている様子も無い、と言うかこちらを確認できないくらいの照れ屋なのだろう。 「素直に傘を買おうって言ったじゃないか」  問題の彼の方がそんな事を言っていて、こちらは直ぐに私にも気が付いていた。 「ひっさし振りだなー」  ニコニコとして私の方に近付いた。そんな姿を真っ直ぐに見れなくて、私は視線を一度逸らしたけれど、これじゃあまたあたしが目を覚ましそうだから彼の事を見る。またドキドキとあたしの様になっている。こんなあたしを私は捨てたんだ。 「久し振りだね。なーに? 歳を取ったね」 「それはお互いさまだろ」 「どうして君が居るんだい?」  私の疑問はそれが有った。彼の事は知りたく無くて、ずっと情報が集まらない様にしていた。きっと彼の事を知ってしまったらあたしが目を覚ましてしまうから。 「俺もこっちで仕事をしてんだ。で、今度コイツの結婚式に出るから取り敢えずの再会をしておこうと」  彼はいまだにラブラブな空間にしてしまっている彼女達の方を示して話して居た。  一番会いたくて、そして会いたくない人に会ってしまった。こうなったらどうなるだろうとずっと想像していたけれど、それが現実になってしまったら予想していた通りにはなれない事が解った。 「へー、そうなんだ。それは偶然だね」  そりゃあ、あたしの頃よりもずっと気楽に話せていた。それでもまだ私とは言えない。どこかにたどたどしさも有る話し方をしているのが自分でも解った。 「一度お前には会いたいと思ってたんだよな。どう、元気? 幸せ?」  クスクスと笑いながら話して居る彼は確かにあの頃の彼を残している。全く変わってない様に昔の空気を作り出していた。 「うん。そうだね。君は?」 「まあ、どうだろう。元気では有るかな。幸せ者ばっかりだから肩身が狭いわ!」  今度はケラケラと話して居る。もしあたしだったらそんな彼の話にニコニコと楽しそうにしているだろうに、今の私としたらそんな楽しい気分にもなれていなかった。今のこの状況から逃げ出してしまいたい想いまで有る。  そんな表情を読み取ってくれたのか、結婚相手がくしゃみをしているからなのかは解らないけれど、彼女がパンパンと手を叩いた。 「ホラ、二人共風邪引くよ。明日の欠席は許さないからね。養生しなさい」  男二人が雨に打たれた事を気にしてこれで今日のところは解散する事になった。  その帰り道私は傘を持っているのに雨に打たれながら泣いていた。そのまま家に帰りつくと、寒々しい暗い部屋が待っていた。夫の姿なんてもう何週も見ていない。結婚した当時に好きと言ってくれた人はもう居なくなって、家にも帰らないでどこかの違う人に好きと言っているのだろう。全部手に入れた筈の私の人生なのにあたしなんかに負けている気がしていた。そんな事が苦しくて誰かに救けてもらいたくなったけれど、そんな事を相談できる友人すらも居なかった。  全てを持ってない事に気が付いた時にはもう私は虫の息の様にただこの街に漂うゴミとなっていた。暗い部屋でただ泣いている市か出来ない私に灯ったのは微かなスマホの明かりだった。  その画面を見ると再会したばかりの彼女の名前が有って縋り付く様に電話に出た。 「やっぱり泣いてた」  あまりに酷い声で電話に出た向こうの彼女は、今の私の状況を予想していたみたいな話し方をしていた。もう、そんな事だったから私はこれまでの事を全て話した。彼を好きだった事も、その頃のあたしがキライで閉じ込めてしまった事も、今の生活が全く幸せとはかけ離れている事も、そんな重たいものを話しても、彼女は電話を切って私を見捨てる事も無くて、ずっと静かに聞いていてくれていた。 「そんなに頑張らなくても良いんじゃない。私たちは所詮自分でしかないんだよ。自分を信じて自分らしく生きるしかないんだ。所詮どんなに取り繕っても自分にしかなれないんだから」  彼女は私があたしを捨てた事を咎める様だった。それ以外の事はなんにも言わない。彼が好きでも、今が最悪でも、それはまだどうにかなると言ってくれていた。 「だけど、その古いあたしってのは本当に捨てられてないんでしょ。それどころか本当に眠っていたの? 今の貴方もまだあたしなんじゃないかな。そんなに気にする事じゃ無いよ。取り敢えず素直になりなさい。私はあたしな貴方の味方だからね」  直ぐにその言葉に救われる事は無かった。聞いた時は綺麗事だとさえ思った。けれど、自分の全部を吐き出せたからまた立ち上がる事くらいは出来て、その夜はただ私とあたしのこれまでとこれからを見直す事にした。  翌日は雨から一転良く晴れ渡って結婚式も盛大に執り行われた。その合間を見て忙しくそして幸せな彼女が時間を作って私の事を呼んだ。 「ふーん、もう決心は付いた様な顔をしてるね。それで、どうするの?」  彼女の顔はその時の幸せ振りを示すかの様な笑顔だけど、それは彼女の幸せだけじゃなくて、私の事を見てからの笑顔だった様な気がする。そんな彼女にあたしは笑った。作ってない笑顔なんてもう相当久し振りで表情が強張って居ないかとも思ったけれど、そんな事すらも気にならない。 「教えない。けど、あたしはもう決めたよ」  その言葉を聞いただけで彼女はもう理解をした様で、笑って抱き締めてくれた。懐かしくてとても嬉しい気分だ。もうあたしは最強になれたのかもしれない。  彼女の幸せな姿を自分も嬉しくそれからも眺めて、二次会になった時にもう一つの用事が有ったから彼の事を呼びだした。伝える事が有る。  もうあたしはあたしになっている。別に私を忘れた訳でもない。そもそも元からあたしも私もどちらも自分でしか無かった。眠らせていたあたしなんて存在もしなくて、ずっと一緒に居た。そして新しい私だって別に昔から変わってなかった。全てがあたしで良いんだ。  取り敢えずあたしは自分に正直になる様にする事にした。例えそれが失敗でも構わない。間違いの道かもしれないけれど、それは冒険にもなる。これまで真っ直ぐな道だと思って歩いていた道は、ひどく退屈で平凡だけを目指していた。それも愚かな事では無い。けれどあたしにとっては正解では無かったんだ。これからはあたしの思う通りに生きる。その為に取り敢えず彼に伝えたい事が有った。 「あたし、離婚するんだ。それで君の事がずっと好きだった」  そう忘れた筈の彼への恋心。それさえも伝えておきたかった。これまで一度たりとも忘れたことなんて無いんだ。彼の事を忘れようと違う恋をしてみたり、間違った結婚もしたけれど、彼に再び会った時にあたしは彼の事以外を愛せないと理解してしまった。  でも、こんな告白が成功するとも思ってない。断られたらそれまでだ。別にそんな事でキライには慣れないだろうけど、まだこれからの人生を彼への恋心を忘れて生きるには辛過ぎる。まず告白をするしか無かった。 「おかしな事を云う奴だな。でも俺も同じ想いが有る。照れ臭いけど。ちゃんと離婚したらその時はこっちから言うからな」  笑った彼が居てあたしは理解出来なくなっていたのだけれどそれは好転したとしか思えなくてこれからの世界が急に明るくなった様な気がしてしょうが無い。 おわり
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