HOME SWEET HOME

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 ようやく日本に到着した。私は実質2夜連続の徹夜で、せっかく時差のほとんどない所に行ったにもかかわらず、頭が朦朧(もうろう)としていた。高根沢君は長いフライトの間にすっかり回復して、私が席を外した時に、金髪のフライトアテンダントに自分の連絡先を渡そうとしたらしい。もちろん受け取ってもらえず、ひとり落ち込んでいた。  私たちは到着ロビーで別れ、私は空港を出て駐車場に向かった。気の急いていた私はスーツケースを乱暴に引きずって走った。すると、キャスターが歩道の段差に入り込み、大きな音をたてて曲がってしまった。 ――えっ、そんなあ。 引いてもまっすぐに進まないので、両手で持ち、少し浮かせて運んだ。重い。 目指す駐車場に、私の赤いリッターカーがまるで時が止まっていたかのように停められているのが見えた。 スーツケースには喜連川先生に渡す資料とお土産が入っていた。二の腕が震える、あともう少し。車にたどり着いてドアを開けると、こもっていた熱気がもわっと外に流れてきた。 ――はあ、ここから1時間、がんばって運転しなければ。 スーツケースを後部座席に投げ入れ、運転席に乗り込み、スタートボタンを押した。 「あれ?」 エンジンがかからない。何回押してもかからないので駐車場の係員に助けを求めた。 「ああ、これバッテリーが上がってますねえ」 「えっ!」 もう、何なの。私は係員をじろっとにらんだ。 「いやいや、ここに駐車していたせいじゃないですよ。どの車もしっかり管理されてるから」 「どうしよう、一刻も早く帰りたいんです」 「うーん、ロードサービスに来てもらわなくちゃなんないなぁ。2、3時間はかかるかも」 「そんなあ」 「今日は車をおいて明日取りに来るなら、タクシーがすぐ来るけど」 「じゃあ、いったんタクシーで帰ります」 タクシーは空港の出口に並んでいるのですぐに到着した。係員に明日また来ると告げてタクシーに乗り込んだ。明日は仕事を休んで、バスでここまで来なければならない。 スマホを見たが、やはり千秋からの連絡はない。電話をかけても出ない。『日本に着いたよ』とだけ書いて送信した。 ――千秋、どうしちゃったの。 どうしよう、千秋がいなくなったら。 千秋のいない世界なんて考えられない。 朝陽も眩しくないし、海も青くない。 朦朧とした頭は私を不安にさせる思考しか生み出さなかった。目を閉じたが、深い眠りに落ちる寸前に意識が覚醒してしまう。目を開け、自分がどこにいるかを確認し、また目を閉じ、……何度となくそれを繰り返した。  自宅マンションの前に立った時には全身の力が抜け、ナメクジになったかと思うほどぐったりした。私たちの部屋はここの5階だ。私はいつもなら普通に使うエレベーターに乗るか、迷った。 ――最後の最後で、エレベーターに閉じ込められたりしたらどうしよう。 明らかに、ここ数日の私は。 私は階段を上ることにした。 満身創痍の騎士(ナイト)(プリンセス)を救うべく不夜城に乗り込むように、エレベーター横の階段を息も絶え絶えに上り始めた。 ――がんばる。千秋に会うために。
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