望まぬ政略結婚

12/12
28人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
しばらく厳しい視線を叩き付けられ沈黙した後、クローネは楽しそうに笑い出した。 「え、クローネ王子・・・?」 クローネは元来明るい性格の持ち主だが、これ程までに声を上げて笑うことは珍しい。 何事かと思っていると、顎を抑えながらゆっくりと語る。 「明日に結婚を控え、流石に遅過ぎるって。 だけどようやくそれを言いにきたんだね」 「・・・え?」 「エリスとガイルが両想いだったのは丸分かりだったよ。 いつガイルに殴られるのか冷や冷やしていたのに、君の意志だけでは動くことはなかったんだね。  というか、気付かれていないとでも思っていたのかい?」 楽しそうに笑うクローネにガイルは戸惑いを隠せずにいた。 「え、それはいつから・・・」 クローネは窓の外を見据えるようにして言った。 「そんなの最初からに決まっているだろ? 縁談の話は以前から決まったものだったけど、まさか僕はガイルも嫁にもらわないとならないのか、なんて思っていたくらいだよ」 「そんな前から・・・。 って、流石に僕もって有り得ないでしょう」 クローネは身を乗り出した。 「それくらい困惑したということ。 なのに僕に報告しに来るのが遅過ぎる。 エリスは思い悩んでいたようだったけど、結婚してしまったらどうするつもりだったんだい?  昔のガイルはそんなに奥手だったかな?」 「それは・・・。 流石に婚約の相手がクローネ王子だったから」 事実を言うとクローネは小さく呟いた。 「・・・ガイルにならエリスを任せられるよ」 「・・・本当ですか?」 その言葉にクローネは上体を起こしゆっくりと頷いた。 「ガイルのことはよく知っているんだ。 エリスもガイルと結ばれて幸せなら、僕も嬉しい」 ガイルは聞きたかったことを尋ねてみた。 「では、クローネ王子のお気持ちは?」 「僕たちは政略結婚だよ? 僕たちの間に本当の愛があると思う? もちろん君が何も言わなければ、このまま結婚することになっていただろうけどね」 「・・・」 ガイルはクローネの気持ちを察し何も答えなかった。 「婚約を破棄することは僕から言っておく」 「・・・そんな簡単にいきますかね」 「僕はこの国の王位継承権一位である第一王子だよ? エリスとの結婚が白紙になったとしても、僕の裁量で君の国との同盟くらい結んでみせるさ。 もちろん、お互いに対等な関係をね」 ガイルはその言葉に真っすぐクローネを見た。 そして、最初から敵う相手ではなかったことを理解した。 そもそも立場から違うし、全ての実力でクローネに勝てるところなんてないのだ。 「ガイルは、エリスと共に前へ突き進んでいくんだ」 「・・・分かりました」 「エリスを頼んだよ」 「はい!」 ガイルはそれ以上何も言わず黙ってクローネの部屋を出た。 壁に背を持たれさせ、身体の震えを押さえ付ける。 自分自身、クローネと話している時は分からなかったが、想像以上に身体が火照り興奮していた。  ―――・・・エリス姫からクローネ王子への気持ちは偽物。 ―――でもクローネ王子からエリス姫の気持ちは本物だった。 クローネとエリスが最初に出会った時、クローネはエリスを単なる政略結婚の相手としか見ていなかった。 これはガイルの想像でしかないが、間違っていないはずだ。 だが同じ時間を過ごすにつれ、エリスの持つ独特な感性や世界観にガイルと同様惹かれていった。 エリスは客観視して、王妃に相応しい人間ではないのかもしれない。 それは政略結婚が決まっていながらもガイルに想いを伝えたことからも読み取れる。 だが、だからこそガイルもクローネもそんなエリスに惹かれたのだ。 ―――俺だって昔からクローネ王子のことを知っているんだ。 ―――・・・クローネ王子は明るい人だが、興味がない相手に対して興味があるような接し方をしたりはしない。 ―――愛想よく振る舞っていたとしても、決して深いところに踏み込もうとしたりはしないんだ。 ガイルはエリスの部屋へと戻ることにした。 心臓の鼓動はまだ波打っているが、身体の震えは収まった。 チラリとクローネの部屋を振り返ったが何も聞こえぬ扉が寂しさを漂わせていた。 ―――結局、全てがクローネ王子の掌の上だった。 ―――知力で負け、武力で負け、財力で負け、権力で負け、そんな劣等感から国を移すことを選んだ。 ―――そんな俺が一つ誇れることがあるとするならば、本当に大切にしたいと思ったものが俺を選んでくれたことだ。 ―――クローネ王子、最後に一つだけ勝利をもらっていくよ。 部屋へ戻りノックし扉を開けるとエリスはソファから立ち上がった。 「ガイル!」 エリスは不安そうな表情でいる。 この選択肢が正しかったという自信はない。 だがその不安そうな表情を花咲かせることができるのなら、後悔はないと思った。 そう考えた時エリスの前で自然と片膝を立てていた。  「これからは俺だけのプリンセスに。 愛しています、エリス姫」 「ッ・・・!」 花束どころか一輪の花すらない告白。 本来のクローネとエリスの結婚式を明日に控え不細工で不作法なそれは、だからこそ輝いて思えた。 目の前で涙目になりながら口元を隠すエリス。 回り道してしまったし、この先困難が待ち受けているのは間違いない。 それでも本当に大切なものを大切にできる道を選ぶことができた。 ―――この間まで俺は、エリス姫を好きにならなければよかったと思っていた。 ―――でも今なら言える。 ―――俺はエリス姫を好きになれて幸せ者だ。                          -END-
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!