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ガイルを諦め、クローネとの結婚に真剣に向き合おう。 そう決めたつもりだが、心は暗く沈み込んでしまい翌日をほとんど部屋に籠って過ごしてしまった。
日が落ちて夜になってもガイルに会いたい欲求は収まらない。 寧ろ時間が経つにつれ酷くなっている気がした。
―――外出をすると必ず護衛であるガイルが付いてくる。
―――だから一日中部屋に閉じこもっているしかない。
もちろんエリス姫も人間であるためずっと部屋に籠り続けているわけにはいかない。 部屋から出る時もガイルがいないかビクビクしていた。
本当はぱぁっと気分転換に外へでも出たいが、姫の身ではそれも難しい。 それでも一日を無事に終えたということで少々安堵したその時だった。
「・・・エリス?」
ノックと共に聞こえたのはクローネの声だ。
「クローネ? どうしたの?」
「エリス、出てこれる?」
優しい気遣うような声音だった。 急いで涙を拭き平然とした態度で扉を開ける。 クローネは珍しく不安気な表情をしていた。
「エリス、大丈夫?」
「大丈夫って?」
「いや、今日は姿が全然見えなかったから・・・。 食事の時間にも顔を出さないし、何かあったのかと思って」
食事は全て部屋まで運んでもらった。 もっともほとんど食べることができなかったが。
「心配かけてごめんなさい。 私は大丈夫よ」
「そう? ならいいんだけど・・・」
どうやら心配して来てくれたようだ。 その優しさは素直に嬉しかった。 クローネはエリスの部屋を軽く覗き込んでいる。
「今日、ガイルはいないんだ?」
「ッ・・・」
今一番聞きたくない名前に反応してしまった。
「エリス、どうかした?」
「く、クローネ! 中へ入って!」
あまり扉を開けたままの立ち話はよくないと思った。 いや、このようなところをガイルにだけは見られたくなかったのだ。
クローネを半ば強引に部屋の中へと引っ張ったのは、後ろめたさを隠したい欲求からだったのかもしれない。
「急にどうしたのさ?」
「突然、ガイルの話をするから・・・」
「ガイルはエリスが大好きみたいだからね。 常にエリスの傍に付いていそうだったからそう言ったけど、何かおかしかった?」
クローネは勘ぐるつもりで言ったわけでも、皮肉のように言ったわけでもないと分かっていた。 だから余計に辛いのだ。
―――クローネは純粋にいい人過ぎるの。
―――どうしてこんな私なんかに構おうとするのかしら?
―――・・・政略結婚のため?
―――まさか本気で私のことを好いてくれていたりはするはずがないわよね。
「しばらくはクローネと二人きりにしてほしいって私から頼んだの」
「・・・! そっか」
クローネは子供のように無邪気な笑顔を見せた。 ソファに腰をかけ隣にエリスが座るよう誘導する。
「そう言えば、ガイルのことなんだけどさ。 ガイルは元々、この国で生まれ育ったことを知ってる?」
「・・・えぇ」
ガイルの身の上話を聞いたことがある。 もっとも近衛騎士として姫の身辺警護をするとなれば、生まれから育ちまで調べ上げられるのは当然だが。
「小さい頃、僕が剣術を習っている時、その教室で初めてガイルと出会ったんだ」
クローネが話すガイルのことはエリスも聞いたことのない話だった。
「ガイルはもう昔から強くてさ。 生まれた時から素質があったんだろうね。 僕の護衛に付いたら頼もしいだろうなって何度も思った。
・・・だけどまさか隣国へ行ってしまうことになるなんて、思ってもみなかったけど」
「・・・」
何故エリスの国まで来たのかその経緯は伝えられていなかった。 クローネも完全に知っているというわけではないらしい。
「だけどエリスを通じてまた、ガイルと出会うことができたんだ。 エリスには感謝し切れないよ」
「いえ・・・」
嬉しそうに笑うクローネの顔が眩しくて正面から受け止められなかった。
―――私は今、ガイルに対するこの気持ちを忘れようとしている。
そのためガイルの話を持ち出されるのは複雑だ。 いや、寧ろたまらなく辛かったが『その話は止めてほしい』とは言えなかった。
―――クローネに本当の気持ちが伝わってしまう前に、私はガイルのことを諦めないと。
エリスはずっと作り上げた笑顔を貼り付け頷いているばかりだった。
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