ラブミー、秋津くん

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 せっかくの夏休みなのに、毎日がつまらない。  何をするでもなくただ部屋でうずくまっていると、ドン、ドン、と遠くの方で音が鳴り始めた。  そう言えば、今日は花火大会の日だったっけ。女友達が彼氏と行くんだ、なんて嬉しそうに話していたのを覚えている。  電気を消して窓を覗くと、ちょっと小さいけれど、その明かりがここからでも見えた。  秋津くんは今頃、新しくできた恋人と出かけて、あの花火を見に行っているのだろうか。そう思うと、胸の内に黒いものが広がっていく。嫌だなあ。もし、今電話をかけたら出てくれるのだろうか。やっぱり出てくれないかな。こんなことを考えてしまうなんて、私も諦めが悪い。自嘲の笑みがこぼれる。秋津くんに迷惑をかけてしまうのは本意ではない。  部屋の電気をつけて、棚からグラスを、そして冷凍庫から氷を取り出しつつ考える。今電話をかけて、出てくれたら、きっと花火大会には行っていないだろう。だからもし出てくれたら、正直な私の気持ちを話そう。出てくれなかったら、彼のことはちゃんと諦めよう。  これで最後にする。  そう心に誓って、履歴から彼に電話をかけた。 「もしもし」  出てくれた! ということは、私はこれから真実を口にするのだ。  心臓が早鐘を打つ。 「もしもし、秋津くん?」  アイスコーヒーを飲もうと思って用意したグラス。その中に入れた氷をじっと見つめながら声を発した。 「うん」  少し掠れた、気だるそうな声の色気にドキッとしてしまう。 「常盤さん、この前に僕がした話、忘れてる? 変わらず結構頻繁にかけてきてくれるけど」  少し困ったような声だ。 「あのね」 「そっち、何か聞こえない?」  私と彼の声が被った。 「あ、花火の音かな」 「そっちだとそんなに聞こえるんだ」 「うん。ここからでも見えるよ。独りぼっちだけど、はは」  乾いた笑い声が出てしまう。 「こういうときこそ、その好きな人とやらを誘うべきなんじゃないの」  投げやりで、ぶっきらぼうな声だ。どうでもいい話に付き合わされて、うんざりしているのかもしれない。 「うん。好きな人と一緒に見たかったんだけど、最近それどころじゃないんだ。私に興味がないどころか、ちょっと避けられちゃっているかも」  秋津くんは、何も返さない。  沈黙が訪れる。 「見たかったなあ。秋津くんと」  ――ガタガタッ。  ポロッと本音が漏れ出た瞬間、スマホの受話口の向こう側から大きな音が聞こえた。 「だ、大丈夫?」 「ごめん、大丈夫。それより、どういうこと」 「え?」 「常盤さんの好きな人って僕なの?」  息をするのを忘れてしまう。そ、そうか。確かにそういう意味になってしまう。これはチャンスだ。このまま想いを伝えなきゃ。 「って、そんなわけないか。ごめん、忘れて」 「秋津くんだよ」  秋津くんの言葉に被せた。返事はない。 「秋津くん、だよ」  もう一度想いを込めて伝えると、ふっと息を吐く音が聞こえた。 「常盤さんの住んでいるマンションって、あの大きいスーパーの隣だって言ってたよね。ちょっと待ってて。今からそっちへ行くから」 「えっ」  気づいたときにはもう電話は切られていた。  まさか、秋津くんがうちに来るの?  どうしよう。そわそわしてしまう。散らかってはいないけれど、掃除した方がいいかな。  慌ててあちこちを拭いて回る。それが一段落した頃、グラスに氷を入れっぱなしにしていたことを思い出した。見ると少し解けて角が丸くなっている。そこにコーヒーをなみなみ注ぎ入れたところで、ピンポーンとチャイムの音が鳴った。 「はい」  急いでドアを開けると、頭に手刀が降ってくる。 「馬鹿。今確認せずに開けただろ」 「すみません。秋津くんだろうと思いまして……」  思わず敬語になってしまった。 「ゲホッ」  咳をする秋津くんをよく見ると、額に汗をかいている。よっぽど急いで来てくれたのだろう。 「花火、まだやってるよ。どうぞ。ベランダで一緒に見よう」  そう言って中へ促すと、秋津くんは自分の靴を持って上がった。 「そんでもって、素直にホイホイ男を家に上げるのも、馬鹿」  廊下でこちらへ振り返った秋津くんは、困ったように笑っている。
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