ラブミー、秋津くん

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 ふたりでベランダに出ると、ちょうどクライマックスだった。 「おー、いい眺め」  秋津くんは花火を見て目を細めている。  連続で打ち上げられた大輪を見守った後、私は秋津くんに声をかけた。 「私、秋津くんが好き。来てくれてありがとう」 「……僕、金髪じゃないけど」  じとっとした流し目で見られる。 「うん。ごめん、あのときは嘘をついちゃった」 「僕も、常盤さんのことが好きだったよ。でも、常盤さんに好きな人ができたって聞いて、その話を聞くのが辛くて、電話するのも苦しくて、身を引かないとって思っていたのに……何だこれ」  秋津くんは苦笑した。  本当、馬鹿みたいだ。それなら変に回りくどいことをしなければ、もっと秋津くんと一緒の時間を過ごせていただろうに。  そして、秋津くんは一度視線を足元に落としてから、再び私の目を見つめた。真剣な顔だ。 「常盤さんのことが好き」  その甘美な響きの余韻に浸っていると、腰に手が回され、ぐいっと秋津くんの方へ引き寄せられた。それから彼は私の顎に手を添え、持ち上げて自分の方へ向かせる。 「わっ」 「常盤さんが言っていた漫画、読んでみた。よくわからないけど、こういうのが好きなんでしょ?」  秋津くんは、愉しそうにニヤリと笑っている。 「そっ、それはそうなんだけどっ……! それは2次元の話でっ……! あ! 私も秋津くんが言っていた好きな曲、聴いたよ!」  秋津くんの行動に動転していたが、なんとか逃げるように別の話題を振った。 「あれ、聴くと胸がぎゅっとなって苦しくて、1回しか聴けなかったけど」  私がそう付け加えると、秋津くんは横を向いて笑った。 「ははっ。常盤さんらしいや」 「あの曲、ずるいよね。歌詞とかミュージックビデオとかは辛いのに、ピアノの音やアコースティックギターの音が優しくてさ。聴いていると、胸が締め付けられる」 「そう? 俺は心地よくてしっくりくるなーと思って聴いてるけど」 「そりゃそうだよ。聴いていて秋津くんっぽいなって思ったもん」  どちらからともなく、目を見合せながら笑う。 「それはそうと、この状態でずっとこのままなの、格好がつかなくない?」  私の顎にずっと手を添えたままの秋津くんが、首を傾げた。そして一旦視線を外したので、どうするのかなと思いそのまま見守っていると、顔が近づいてくる。そっと、目元に口づけられた。  驚いて目を瞑ると、今度は唇を奪われる。  唇がゆっくりと離れ、目を開けると、そこには私の頬に手を当てて目を細めている秋津くんがいた。  その瞳が映す群青に吸い込まれそうになる。 「へ、部屋に戻ろう!」  急に恥ずかしくなり、秋津くんを促すと、彼はくすくすと笑った。 「お邪魔します。常盤さ……いや、佳煉(かれん)ちゃんか」  秋津くんが妖しげな笑みを浮かべて私の手を引く。彼に名前を呼ばれると、自分の名前が特別良いもののように思えた。  彼に手を引かれながら思う。私は、今日も彼の声を聞きながら甘い夢に溺れていくのだろう。そんな予感を抱きつつ、その群青の世界へ自ら勢いよく飛び込んだ。 【完】
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