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「秋津くん。私、好きな人ができたよ」
ある日常盤さんは、鈴を転がすような声で僕に残酷な現実を突きつけた。青天の霹靂である。
これを自分のことかと勘違いできるほど、僕は愚かではない。きっと彼女が以前タイプだと言っていた、金髪でチャラチャラした男のことだろう――チャラチャラというのは、僕の嫉妬心からそうに違いないと決めつけているだけの話であるが。実際にそうであるか確認すると、イエスの答えが返ってきた。
嗚呼、これで終わりか、彼女の寝息をBGMにして夜明けを待つ日々も。終ぞ彼女の「おやすみ」を聞けないままだ。
彼女の報告を聞いたときはそんな風に考えたが、意外なことに、それからも彼女から毎夜電話がかかってくる。
最初はまあ習慣になっているからそんなものかな、僕も嬉しいし、などと軽く考えていた。しかしそのうち艱苦を強いられる羽目になる。
彼女の恋の相談相手になるという、地獄の日々が始まった。
「話を聞いてると、割とタイプな子に当てはまってる気がするんだけど、素っ気ないんだよね。どうしたらいいんだろう?」
「そうだなあ……」
知らないよ。相手のタイプなんだったらもう直球で気持ちを伝えればいいじゃないか――いや、伝えないでくれ。
「馬鹿みたいなこと言っても笑ってくれて、優しいんだよ。へへ」
「そっか。いい人なんだね」
本人に言ってやれよ。僕に言ってどうするんだ。でも、言ってくれなくて助かる。
「私、結構アピールしてるつもりなんだけど、全然効果ないみたいなんだよね。何でだと思う?」
だから、そんなの本人に――。
僕は耐えられなくなって、初めて自分からもう寝ると言って電話を切った。彼女の「おやすみ」を期待して待つことなく。僕は、ちゃんと相槌を打てていただろうか。彼女を傷つけるような態度をとってしまわなかっただろうか。自信がない。
次に電話がかかってきたときには、この関係に終止符を打つことを申し出た。
「最近ずっと考えていたんだけどさ。あまりこうやって他の男と親しくするのが、よくないんじゃないかなって。相手の男が知ったら、いい気はしないと思うよ。……だから、こういう風に電話するの、ちょっと控えよう」
なんとか声を絞り出す。この6帖に響く声は、何とも情けない音色をしていた。
常盤さんにあのように告げてからも、なぜか変わらず頻繁に電話がかかってくる。
相変わらず僕を気にかけてくれることに喜ぶ一方で、聞き分けてくれない常盤さんに苛立ちを覚えた。
出てしまったら、僕はまた修行僧に逆戻りだ。心を鬼にして、無視を決め込む。たまに根負けして出てしまうこともあったけれど、特に用がないとわかるとすぐに切った。
常盤さんと電話を繋いでいないと、どうしようもないくらいに夜が長く感じる。でも修行僧にはなりたくないから、ぐっと堪えて夜を凌いだ。これは、常盤さんのためでもある。
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