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そしてまた今日も、スマホが震えている。今日は花火大会の日らしいのに、こんなときまで僕なんかに電話してくるとは、彼女は本当に意中の人を射止める気があるのだろうか。
「もしもし」
もはや説教した方がいいのだろうかと思い、半ば投げやりに応答ボタンを押した。
「もしもし、秋津くん?」
でも、彼女の愛らしい声を聞くと、一瞬でそんな気もそがれてしまう。
「うん。……常盤さん、この前に僕がした話、忘れてる? 変わらず結構頻繁にかけてきてくれるけど」
僕には優しく訊いてみることしかできない。
言葉を発した後、スマホの受話口の向こうで何やら物音がすることに気づいた。
「あのね」
「そっち、何か聞こえない?」
彼女が喋りかけているのに、僕の声を被せてしまった。ごめん。
「あ、花火の音かな」
なるほど。
「そっちだとそんなに聞こえるんだ」
「うん。ここからでも見えるよ。独りぼっちだけど、はは」
常盤さんが淋しそうに笑っている。
「こういうときこそ、その好きな人とやらを誘うべきなんじゃないの」
常盤さんにこんな思いをさせるなんて金髪野郎は何をしているんだ、と僕は怒りを覚えながら、できるだけそれを表に出さないように努めた。
「うん。好きな人と一緒に見たかったんだけど、最近それどころじゃないんだ。私に興味がないどころか、ちょっと避けられちゃっているかも」
悲しそうな声を聞いて、何も言えなくなった。
僕も似たようなことをしているから、これに関しては何も言う資格がない。
「見たかったなあ。秋津くんと」
――え?
ベッドから起き上がろうとして、足を踏み外してしまった。ガタガタッと大きな音を立ててしまう。
「だ、大丈夫?」
「ごめん、大丈夫。それより、どういうこと」
「え?」
「常盤さんの好きな人って僕なの?」
鼓動が速くなる。でも、彼女の好きな人は金髪だ。僕じゃない。
「って、そんなわけないか。ごめん、忘れて」
「秋津くんだよ」
僕の言葉に彼女が声を被せた。頭の中が真っ白になる。
「秋津くん、だよ」
よし、一旦落ち着け。自分にそう言い聞かせながら、ふっと息を吐いた。
ところが次の瞬間には足が動き出していた。全身の血が沸騰している。
「常盤さんの住んでいるマンションって、あの大きいスーパーの隣だって言ってたよね。ちょっと待ってて。今からそっちへ行くから」
彼女が僕と見たいと言ってくれている。
だから、全力で走って駐輪場へ行き、そこからも全力で自転車を漕いだ。
一緒に花火を見たら、その後で今日こそ、彼女からの「おやすみ」を聞くんだ。
電話越しの、電波にのったデータの音じゃなくて、マイクじゃ拾えないような微かな息遣いまでも感じられる、生の彼女の声で。
了
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