第二章

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 一方雀卓では、男の一人が牌を捨てながら広東語で聞いた。 「兄ちゃん、あの北京人と知り合いなのか」  少年も広東語に切り替えて答える。 「あ? それがどうした」  他の男も薄ら笑いを浮かべて言った。 「お前あいつと組んでイカサマやってんじゃねえのか。さっきから上がり過ぎなんだよ」 「ここらで普通話をそんなに話せるなんて珍しいからな。兄ちゃんも北京人かあ?」  どれも冗談めいた言い方だったが、少年はすぐに返事をしなかった。牌を切る手を止め、伏し目がちに煙草の煙を長く吐き出す。  気だるく揺蕩っていた空気に、冷気が忍び寄る。  霜が降りるように、場が張り詰めていく中、少年は静かに言った。 「てめえら、俺が香港人じゃねえって言うのか」  男たちは異変を察して固まった。ハギヤは肩越しに様子を伺い、シスイはナッツを一つ口に放り込んだ。  店主が眉をひそめて声をかけようとしたが、遅かった。 「なんとか言えよ、柒頭どもが!」  店に少年の罵倒が響き渡った。身体の小ささと声の若々しさに反し、相手の身をすくませるには十分な声量。恫喝に慣れている発声だ。 よほど口汚い単語だったのか、男たちが気色ばむ。先程牌を捨てた男が雀卓を叩いて勢いよく立ち上がった。男の手牌が崩れて床に落ちる。 「お客さん、今のうちに逃げたほうがいいです」  店主が小声で伝えてきたが、ハギヤもシスイも動かない。恐怖で固まっているわけではなく、成り行きを静観している。  他の男が制止するのも聞かず、立ち上がった男が少年の傍らに立った。  少年は立ち上がらなかった。それどころか自分のすぐ近くにいる男を見もしなかった。赤い唇で煙草を挟み、両手をゆっくりと雀卓に伸ばす。 「食胡(セッグ)」  少年は上がりを告げて牌を倒した。萬子の清一色と対々和。  侮辱を受けた男は唸り声をあげて少年の胸ぐらを掴み、自分の方に引き寄せた。小柄な少年は、軽々と持ち上げられて爪先立ちになる。少年の身体に引っかかった雀卓が、ガタンと床を鳴らした。 「スカした顔しやがってよ、坊っちゃんが。大陸の方で首が回らなくなって媽媽(マーマー)(お母さん)と一緒に高飛びしてきたってオチじゃねえのか」  少年は煙草を咥えたまま、男を睨め上げる。  店内は静まり返っていた。少年の首元を締め上げる男の荒い息遣いだけが響いている。  少年は緩慢な動きで自分を吊り上げる男の腕を片手で掴み、鼻で笑った。 「自分の点数よく見ろ、飛ぶのはてめえだよ」  ごきり、という鈍い音が鳴った。
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