第三章

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 頬にぬるい水滴が落ちて、ハギヤは悲鳴をあげながら目を開けた。  目の前にシスイの顔があった。濡れた髪から水滴が落ちてくる。彼女は寝台に腰掛けて、ハギヤの顔を覗き込んでいた。シスイの湿った唇が動く。 「夢だよ、ハギヤ」  ハギヤは思わずシスイの首に触れた。切り込みが入ってはいないか? とっくに胴と頭は離れてしまっているのに、まだ彼女も自分も気づいていないだけではないのか?  何度も触って、皮膚を引っ張って伸ばして、線が現れないかを確かめる。ごとん。鈍い音が耳の奥で何度も響いている。ごとん。ごとん。このまま頭がずれては落ちてこないか? 顔にかかった血は温かかった。熱いくらいだ。生命の温度だった。いのちの……。 「生きてるよ。自分は、生きてる」  シスイが暗示のように言い聞かせ、ハギヤの手ごと自分の首を彼の耳元に押し付けた。柔らかく熱を持った身体が触れる。 「脈拍でも呼吸でも好きに確認しろ」  ハギヤは荒く息をしながら、目を見開いてシスイの呼吸の音だけに耳をすませていた。異常はないか。止まってはいないか。空気がどこかから漏れてはいないか。  シスイの普段どおりの呼吸を何十回も聞いているうちに、ハギヤも段々落ち着いてきた。 「……ごめん、わかった、シスイは生きてる」  ハギヤが言うと、シスイは体を離した。自分の髪の水分で出来た枕の染みをふと見やり、首をかしげる。 「交換する? 枕」 「いやいい、乾くでしょ……それよりおれもシャワー行く」  ハギヤはのろのろと起き上がり、頭を振った。ほんの数十分しか寝ていないはずなのに、ひどく寝汗をかいていて、背中が気持ち悪い。  日本にいる間はほとんどうなされることがなかった。やはり慣れない環境で緊張しているようだ。今夜はもう、浅い眠りしか期待できそうにない。  セーフハウス以外で睡眠薬は使いたくないが、かといって睡眠不足で戦場へ赴くなど死にに行くようなものである。今回の滞在は、早めに片をつけなければなるまい。  ドライヤーが有料であることをぼやいているシスイの声を聞きながら、ハギヤは熱気の残っている浴室に入って扉を閉めた。
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