第五章

3/6
前へ
/73ページ
次へ
 梓豪は近くの古めかしいビルの一棟に入り、階段を駆け上がっていった。段数の多い幅の広い階段で、踊り場のところで反転する。塗装は剥がれ、蛍光灯の切れている場所も多い。  階層ごとにフロアの形は異なっていた。壁をぶち抜いて隣の棟の部屋と合体させたことでやけに広くなっている階層もあれば、整然と個室の扉が並んでいる階層もある。いずれも人気はなく、床には埃が積もっていた。  途中でアンドロイドに何体か遭遇したものの、梓豪の適応は非常に早かった。立ち止まって額を撃ち抜き、撃ち漏らした敵は早々に撤退して後続のハギヤに任せる。シスイも適宜援護射撃を加える。  アンドロイドの崩れ落ちる様を見ながら、梓豪は鼻を鳴らした。 「戦闘用アンドロイドってのも、大したことねえんだな」 「これ、多分不正規品なんだよ」  ハギヤが答える。 「肉付けがほとんどされてなくて人間に擬態できてないから、暗殺にも向かないし、装甲もなってない。どこかから格安で卸されてきたジャンク品じゃないかな」  梓豪が何か言う前に、シスイが梓豪の方を向いた。 「本当にお前は何も知らなかったのか。組織が購入した品である可能性はないのか」 「ほぼありえない」  梓豪は右腕のシャツの下に手を入れ、強化外骨格を起動させるスイッチを押しながら即答した。角から現れたアンドロイドを拳でふっ飛ばし、足で頭蓋を砕く。靴の下で、機械の軋む音がした。 「……阿爸はロボットとかアンドロイドとか、そういうものは好きじゃないんだ。そんなもの、四十年前はなかったから」  確かに言われてみれば、建築群の中に入ってから、外ではよく見かけた清掃用ロボットや運搬用ロボット、道案内アンドロイドの類をほとんど見かけていない。  ただ、それならば不可解なことがあった。走っていく梓豪の背を追いながら、シスイが呟いた。 「強化外骨格も『四十年前にはなかったもの』の一つのはずだが」  ハギヤは無言でうなずいた。  力仕事やリハビリを補助する強化外骨格は早くからあったが、戦闘用強化外骨格が普及したのはここ数年の話だ。息子が最新機器を身に着けて仕事にあたっていることを、徳華は知っているのだろうか。  後ろからはぺとぺとという足音を響かせて、アンドロイドが上ってくる。ハギヤはシスイを振り仰いだ。 「先に行って」 「わかった」  短く答え、シスイは梓豪に続く。  ハギヤは息を詰め、一刀のもとにアンドロイドの首をはね飛ばした。さらに上がってくる頭が見えたので、階段を降りて短刀を振る。  足音はまだ聞こえる。シスイと別れた階層から一つ下層の部屋だ。廊下が横に伸び、個室の並んでいる階層の一角。そこから二体分の足音が聞こえる。このビルで会ったアンドロイドはここに収容されていたのかもしれない。  ハギヤは部屋から出てこようとしていた一体を倒し、残る一体を仕留めに部屋に踏み込んだ。薬品と鉄錆の臭いが鼻をつく。  蛍光灯に照らされている部屋の様子を見て、ハギヤは思わず息を呑んだ。顔が嫌悪に引き攣るのがわかる。  部屋の壁には短い鎖が二本ぶら下がり、床には血の跡が赤黒くこびりついていた。  部屋の隅を見つめて立ち尽くしていたアンドロイドのこめかみに短刀を打ち付け、再起不能にすると、ハギヤは息を弾ませながら、酸化して茶色くなっている鎖を見ていた。  忌まわしい記憶が、一瞬にしてフラッシュバックする。見ていたくないのに、目が吸い寄せられる。勝手に頭が記憶の再生を始める――。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加