第六章

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 背の低い白壁の堂舎が、背後に高層建築を従えて経っている。幅は広く平べったい構造をしているため、中に多くの人間を収容できるようになっていた。奥に十字架が掲げられ、教壇の前に椅子が整頓されている。今は礼拝の時間ではないのか、人の姿はなかった。 「自警団の団長は数年で交代する。今はここの牧師が団長だから、ここが本部として扱われる」  梓豪は話しながら中に入っていく。殺されかけてもう少し堪えているかと思いきや、なかなか芯の強い少年のようだ。職業柄もあるかもしれない。  室内に装飾はほとんどなく、椅子も木や竹で出来た簡素なものが並んでいる。教会というより、住民の寄り合い所という気さくな雰囲気だった。窓にはオレンジ色の薄いカーテンがかかっており、風で揺れている。  梓豪が、教壇の拭き掃除をしていた作業服姿の男に声をかけると、男はぼんやりとした口調で言った。 「ジェイコブさんなら今、花の種を買いに行っておられますよ」 「いつくらいに戻る?」 「さあ、すぐ戻ってくると思いますがねえ」 「……だとよ」  梓豪が振り返って肩をすくめた。  中で待ってもらっていいとのことだったので、掃除の邪魔にならないように、構内の後ろの方に陣取る。ハギヤとシスイは隣り合って座り、梓豪は一列挟んだ前の席に座った。前を向いていた椅子を動かして横を向くようにしているので、梓豪が座ると彼の横顔と横向きの上半身だけが見える。  微妙な距離感である。  ふと、梓豪の目だけがハギヤの方を向いた。 「…………お前がいなきゃ死んでた。礼を言う」  ハギヤは口元を緩めた。 「気にしないで。無事でよかった」  梓豪は何度か小刻みにうなずくと、横顔を向けたまま続けた。 「お前たちは……ああいうアンドロイド、に詳しいのか?」 「まあ、詳しいというか、詳しくならざるを得なかったというか……」  曖昧な口調のハギヤを横目で見て、シスイが無機質な声色で言った。 「戦場で会った」  梓豪がもの問いたげにシスイの方を見た。  彼らの視線が交差する。それは昨日の最悪の邂逅以来、初めてのことだった。  梓豪は一瞬たじろいだ。シスイの目はこちらを見ているのに、自分のことを見ていない。彼女の瞳の中には、光が侵入することさえ拒むような、深海の群青だけがある。初め見たときには気づかなかった虚ろさが、ぽっかりと口を開けていた。  ハギヤはシスイを気遣わしげに見やる。施設を脱走する直前のシスイは、よくこういう目をしていた。  梓豪は目をそらし、言葉を濁した。 「……そう、なのか」  特に仲が好転していないシスイと梓豪、二人の長い沈黙に挟まれ、ハギヤは意味もなく椅子に座り直したり明かりの点いていない天井を見上げたりしていたが、やがて気まずさに耐えきれなくなって口を開いた。 「えー……梓豪は、昔からこの教会にもよく来てたの?」  梓豪は前方を見つめたままうなずく。 「爸爸はそこまで信心深くないくせに、寄り合いには必ず参加する人だったからな」 「爸爸って、徳華? へえ、意外だな……」 「……」  梓豪が黙り込み、話が終わった。  気まずい。  ハギヤは身体をもぞもぞと動かす。身体は休まるかもしれないが、これでは精神が休まりそうにない。自分は見張りがてら外の景色でも窓から覗こうかと思ったとき、梓豪の話が続いた。 「……違う」  シスイがちらと梓豪の方を見る。ハギヤは驚いて聞き返した。 「違うって、どういうこと?」 「あの人は……徳華さんのほうじゃない。教会によく来たのは、俺の本当の……爸爸だ」  梓豪はどこか他人事のような口調で言った。
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