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『今どこにいる!』
突然、機械を通したオリヴァーの声が響いた。
『雲嵐広場だけど』
続いてハギヤの声。再びオリヴァーが叫んだ。
『ちょうどいい、手を貸せ!』
オリヴァーと、数分前に交わしたばかりの通話だ。
ハギヤの後ろで、いつの間にかシスイがハギヤの端末を手にしていた。ポケットから抜き取ったらしい。音はそこから聞こえてくる。オリヴァーの追跡指示を、梓豪は瞬きもせずに聞いていた。
再生が終わったところで、シスイが言った。
「全ての音声記録に録音設定を付けてある。取引の電話をすることもあるからな」
シスイは、ハギヤのコートに端末を戻して続ける。
「本当に徳華を抹殺しようと企んでいたら、まずはお前から排除している。お前が暗殺の障害になるのはわかりきっているためだ。そして、その機会はいくらでもあった」
今まで梓豪のすぐ後ろを歩いていたのはシスイだ。背後から襲う機会など数え切れないほどあったのに、シスイは梓豪に対して、追い込まれてもなお一度も発砲しなかった。
梓豪は肩で息をしながら、シスイの顔を見て、それからハギヤの顔を見上げた。紅潮した頬に乱れた髪を貼り付かせて、梓豪は唸るように言った。
「……腕、離せ」
ハギヤはすぐに手を離した。彼に掴まれていた手首だけでなく、右腕全体が痺れて鈍痛を訴えていた。それでも梓豪は平気なふりをして、髪の毛を結び直した。
しばらく誰も話さなかった。三者の呼吸を整える音だけが、通路に響いていた。
睡眠不足によるものか、鈍い頭痛でハギヤのこめかみが脈打っている。
ふとシスイが声を発した。
「ハギヤ、端末をもう一度貸してくれ」
「え? うん、いいよ」
抜き取ったのは飽くまで緊急措置ということらしい。今度は断って端末を受け取り、シスイは何故か自分のものではなくハギヤの端末を操作し始めた。ハギヤの携帯端末は生体認証を採用しているが、ハギヤの指紋だけでなく、シスイの指紋も認証できるように設定されている。
ハギヤが手持ち無沙汰にシスイの様子を見ていると、どこかから必死な声が聞こえた。
「華哥、どこですか! 華哥!」
梓豪は素早く辺りを見回した後、渡り廊下の窓を開けて階下を見下ろした。
「炎哥!」
「ああ、小豪! 無事でしたか!」
二人からも窓越しに、スーツを着た熊のような風体の男が、渡り廊下の真下に向かってのしのしと走ってくるところが見えた。憂炎である。
梓豪は錆びついた窓枠から身を乗り出し、早口の広東語で言った。
「阿爸は?」
「いないんですよ。あなたは見かけましたか」
「さっき見たばっかりだ。そのへんにいると思うんだが……」
「全くもう、あの人は。発情期の猫みたいにウロウロして……大人しく本部に戻ってくれていればいいですけどね」
憂炎は端末を取り出して、手早く操作しながらぼやいた。
「襲撃者の姿は見ましたか? 華哥は私が連絡した時、追われてるからもう切るぞとだけ言って切ってしまったんですよ」
憂炎の問いに、梓豪は目を伏せた。
ハギヤはうつむき、シスイは端末をいじる手を止めて、横目でじっと梓豪を見ている。
梓豪は淡々と答えた。
「……見てない」
「はい?」
「見てない。援護が来たのを見て逃げたのかもしれねぇ」
「そうですね。華哥まで雲隠れしてしまうとは思いませんでしたけど」
憂炎はさほど気にした様子もなく答えてから、端末をしまった。丸い額に浮かんだ汗を拭う。
「それにしても私の部下たちも役に立ちませんね、華哥はすぐにどこか行くから、目を離すなと言ってあるのに、すぐに煙に巻かれてしまうんですから。挙げ句にどこに行ったかわからないと来た。無能にも程があります、まだ鼠の方が賢いのではないですかね」
「炎哥が有能すぎるんじゃねえの」
「まさか」
憂炎は苦笑した。それから、ハギヤのほうを向いた。
「誰かさん探しは順調でしょうか」
「今振り出しに戻ったところだ」
「それは残念ですね。私のほうでも、何かわかったらすぐ連絡しますので」
ハギヤはお礼を言ってから、端末を持ったまま静止しているシスイを一瞥した。
憂炎は止めていた足をのろのろと進めながら、梓豪を見上げた。
「小豪、華哥の行き場に心当たりはありませんか?」
梓豪はズボンのポケットに手を突っ込み、
「知らない」
そっけなく答えた。
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