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梓豪は左手で、右腕の強化外骨格に服の上から触れた。いつもより重く、素肌にあたる金属は冷たい。
強化外骨格を使うたび、指先がしびれるのを、梓豪も自覚してはいた。力を入れてもいないのに、ひとりでに筋肉が不気味に蠢いているのを知っていた。
梓豪は腕を見つめたまま、ぽつりと言った。
「それでも……これがないと俺は、人並みの力も出せない」
ハギヤが当惑して顔を曇らせる。
「きみは少し、がむしゃらすぎる。身体が出来上がるのにはまだ時間がかかるんだよ。今はまだ無理でも、これから……」
「少しでも役に立てる人間にならないと、ここにいられない!」
梓豪はハギヤの言葉を強い口調で遮った。
「今すぐ、役に立たないと……!」
徳華から与えられた部下は、皆、梓豪によくしてくれる。けれども彼らが梓豪ではなく憂炎に憧れているのは、傍目にも明らかだ。
徳華を襲う輩を身体一つで守る憂炎。ただ立っているだけで相手を威圧でき、その巨体からは想像もできないけど俊敏な動きを見せる。
彼のように強くならねばならない。少しでも役に立たねば、拾ってくれた徳華に面目が立たない。そしてもし組織にいられなくなったら、自分の帰る場所などどこにもないのだ。
拳を握りしめる梓豪を、ハギヤは悲しそうに見つめていた。シスイは腕を組み、壁に背をつけて顔を背けている。
梓豪は顔を上げ、眉に力を込めた。
「……お前らの言い分はよくわかった。多分今着けてるそれは、強化外骨格っていうより、動かなくなった手足を動かして、ちょっと強くなれる……アシストスーツに近いもんなんだろ。俺に強化外骨格を使うなって言う理由もわかった。よく……わかった」
「……」
シスイが黙りこんだハギヤを一瞥し、口を開こうとした時、誰かの端末の振動音がした。
各自がすぐに端末を確認すると、鳴っていたのは梓豪の端末だった。かけてきた人物を見て、梓豪はあからさまに嫌そうな声を出した。
「げっ、何で……」
大嫌いな食べ物を口に運ぶ時のような表情で、端末を耳に当てる。
「何だよ、紅紅……」
通話口からは近くにいる人間にも聞こえるような、甲高い普通話が飛び出した。
『何だよじゃないわよ! わかってんでしょ!』
梓豪が顔をしかめて端末を耳から離した。近くにいるハギヤにも、通話内容がガンガン聞こえてくる。梓豪は端末に向かって叫んだ。
「わぁってるよ、昨日は店、無茶苦茶にして悪かったって。午前中に片付け手伝っただろ」
『あんなんじゃお詫びにもなりゃしないわよ』
「机と椅子の弁償代もやっただろ……」
『麻雀牌がいくつか欠けちゃってるから、新しいの買わなきゃいけないって話、忘れたの?』
梓豪は天を仰いだ。そのまま唾を飲んだので、喉仏が上下した。顔を戻すとともに息を吐き出し、梓豪は呟いた。
「……忘れてた」
『そんなことだろうと思いました。今日は梓豪の麻雀牌貸してもらうからね。ロックの個人認証なんとかしといてよ!』
「ええ? ああ、好啦(はいはい)……」
梓豪は通話を繋いだまま端末を操作し、遠隔で自室のあるフロアの入室制限を操作した。
「やっといたぞ、おら。出る時、俺の部屋の鍵かけ忘れんなよ」
『ありがと!』
「フロア出る時も連絡しろよ。開けたままだと炎哥にバレて怒られるから」
『わかってるわよ、ボ・ス!』
「つまんねえこと言ってんじゃねえ、切るぞ」
春の嵐のように賑やかな通話が終わった。
ハギヤが不思議そうに自分のほうを見ているので、梓豪は唇を尖らせた。
「文句あんのかよ。紅紅はガキの頃からの付き合いだから、物を盗むようなやつじゃねえのは知ってんだよ」
「い、いや、何も言ってないけど……」
ハギヤは狼狽えた後、ふと気づいて言った。
「そういえば、紅紅ってあの店のマスターだよね? 普段の会話も普通話なんだ」
「俺も紅紅も河北省の生まれだからな。俺の爸爸が使ってたのも普通話だった」
最初に会った時、梓豪は香港人ではないことを指摘されて憤っていた。今思い返せば、あれは自分のためだけに怒ったわけではないのかもしれない。
ハギヤがそんなことを考えていると、まるで思考回路を読んだように梓豪が続けた。
「俺も紅紅も香港で生まれたわけじゃない。でも香港を、東龍慶を大切にしてえって気持ちは変わんねえよ。生まれだけで括られるのは気に食わねえ」
ハギヤは少し考えてから、にっこりと笑った。
「紅紅のためにも、梓豪は怒ったんだね」
梓豪は鼻を鳴らした。
「……俺の部下だからな」
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