第八章

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 梓豪は左手で、右腕の強化外骨格に服の上から触れた。いつもより重く、素肌にあたる金属は冷たい。  強化外骨格を使うたび、指先がしびれるのを、梓豪も自覚してはいた。力を入れてもいないのに、ひとりでに筋肉が不気味に蠢いているのを知っていた。  梓豪は腕を見つめたまま、ぽつりと言った。 「それでも……これがないと俺は、人並みの力も出せない」  ハギヤが当惑して顔を曇らせる。 「きみは少し、がむしゃらすぎる。身体が出来上がるのにはまだ時間がかかるんだよ。今はまだ無理でも、これから……」 「少しでも役に立てる人間にならないと、ここにいられない!」  梓豪はハギヤの言葉を強い口調で遮った。 「今すぐ、役に立たないと……!」  徳華から与えられた部下は、皆、梓豪によくしてくれる。けれども彼らが梓豪ではなく憂炎に憧れているのは、傍目にも明らかだ。 徳華を襲う輩を身体一つで守る憂炎。ただ立っているだけで相手を威圧でき、その巨体からは想像もできないけど俊敏な動きを見せる。  彼のように強くならねばならない。少しでも役に立たねば、拾ってくれた徳華に面目が立たない。そしてもし組織にいられなくなったら、自分の帰る場所などどこにもないのだ。  拳を握りしめる梓豪を、ハギヤは悲しそうに見つめていた。シスイは腕を組み、壁に背をつけて顔を背けている。  梓豪は顔を上げ、眉に力を込めた。 「……お前らの言い分はよくわかった。多分今着けてるそれは、強化外骨格っていうより、動かなくなった手足を動かして、ちょっと強くなれる……アシストスーツに近いもんなんだろ。俺に強化外骨格を使うなって言う理由もわかった。よく……わかった」 「……」  シスイが黙りこんだハギヤを一瞥し、口を開こうとした時、誰かの端末の振動音がした。  各自がすぐに端末を確認すると、鳴っていたのは梓豪の端末だった。かけてきた人物を見て、梓豪はあからさまに嫌そうな声を出した。 「げっ、何で……」  大嫌いな食べ物を口に運ぶ時のような表情で、端末を耳に当てる。 「何だよ、紅紅……」  通話口からは近くにいる人間にも聞こえるような、甲高い普通話が飛び出した。 『何だよじゃないわよ! わかってんでしょ!』  梓豪が顔をしかめて端末を耳から離した。近くにいるハギヤにも、通話内容がガンガン聞こえてくる。梓豪は端末に向かって叫んだ。 「わぁってるよ、昨日は店、無茶苦茶にして悪かったって。午前中に片付け手伝っただろ」 『あんなんじゃお詫びにもなりゃしないわよ』 「机と椅子の弁償代もやっただろ……」 『麻雀牌がいくつか欠けちゃってるから、新しいの買わなきゃいけないって話、忘れたの?』  梓豪は天を仰いだ。そのまま唾を飲んだので、喉仏が上下した。顔を戻すとともに息を吐き出し、梓豪は呟いた。 「……忘れてた」 『そんなことだろうと思いました。今日は梓豪の麻雀牌貸してもらうからね。ロックの個人認証なんとかしといてよ!』 「ええ? ああ、好啦(ハオラー)(はいはい)……」  梓豪は通話を繋いだまま端末を操作し、遠隔で自室のあるフロアの入室制限を操作した。 「やっといたぞ、おら。出る時、俺の部屋の鍵かけ忘れんなよ」 『ありがと!』 「フロア出る時も連絡しろよ。開けたままだと炎哥にバレて怒られるから」 『わかってるわよ、ボ・ス!』 「つまんねえこと言ってんじゃねえ、切るぞ」  春の嵐のように賑やかな通話が終わった。  ハギヤが不思議そうに自分のほうを見ているので、梓豪は唇を尖らせた。 「文句あんのかよ。紅紅はガキの頃からの付き合いだから、物を盗むようなやつじゃねえのは知ってんだよ」 「い、いや、何も言ってないけど……」  ハギヤは狼狽えた後、ふと気づいて言った。 「そういえば、紅紅ってあの店のマスターだよね? 普段の会話も普通話なんだ」 「俺も紅紅も河北省の生まれだからな。俺の爸爸が使ってたのも普通話だった」  最初に会った時、梓豪は香港人ではないことを指摘されて憤っていた。今思い返せば、あれは自分のためだけに怒ったわけではないのかもしれない。  ハギヤがそんなことを考えていると、まるで思考回路を読んだように梓豪が続けた。 「俺も紅紅も香港で生まれたわけじゃない。でも香港を、東龍慶を大切にしてえって気持ちは変わんねえよ。生まれだけで括られるのは気に食わねえ」  ハギヤは少し考えてから、にっこりと笑った。 「紅紅のためにも、梓豪は怒ったんだね」  梓豪は鼻を鳴らした。 「……俺の部下だからな」
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