第八章

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 双子の建物から出ると、漂う匂いの中に食べ物の匂いが目立ち始めた。  梓豪が鼻をひくつかせて、ごちる。 「魚蛋(ユウダン)(魚肉団子)入りの麺食いてえなぁ」  雲嵐広場に戻ってみると、光の黄身が強くなっている。時刻は夕方になりつつあった。教会の講堂にも、夕陽が斜めに差し込んでいる。 ジェイコブ牧師は教壇の脇に立って、黒い表紙の帳簿に記録を書き留めているところだった。梓豪が入ってくると、牧師は手を止めた。 「ああ梓梓、いきなり出ていったから心配していましたよ。無事でよかった」 「ごめんな尊師。こっちの用事は何とかなった」  祖父と孫のような二人が話しているのを、ハギヤとシスイは少し離れて見守っていた。 「あなたが探していると言っていた女性ですが、今のところそれらしき目撃情報はありませんでしたね」  牧師の言葉に、シスイが眉をひそめた。フィオナが目撃されていないとなると、オリヴァーがこのあたりに来ていたのは完全な嘘か、撹乱のためか、それともオリヴァー自身も騙されていたか……いずれにせよ、フィオナ発見には近づけていないことになる。 「そうか……他には?」 「あなたに先程話を聞いてから、情報を集めてみたのですが、確かに何人か不気味な人を見たという報告が上がってきました」 「灰色のスウェット姿のやつか?」 「はい……ただ、中には手袋を着けている者もいたとのことです。梓梓を襲ったというその恐ろしい機械はどうでした?」  梓豪が恐ろしい記憶を思い出そうとする前に、シスイが口を挟んだ。 「それは手袋に似せた制御装置(コントロール・ユニット)だと思われる」 「制御装置?」  牧師と梓豪が同時に二人の方を向き、異口同音に繰り返した。  ハギヤが説明を加える。 「包丁を運ぶときには、危ないから何か容れ物の中に入れて運びますよね。戦闘用アンドロイドは、戦闘時以外は力を発揮すると無闇に周囲を破壊してしまって危険なので、不自然ではない程度にカモフラージュして自分の力を抑制されている個体もあるんです」 「なるほど」  牧師が感心したようにうなずいた後、すぐに顔を曇らせた。 「ということは、そのアンドロイドは、手袋なくしては日常生活を送ることもできないのですか?」  ハギヤは言葉を詰まらせる。  戦闘用に作られたアンドロイドは飽くまで、戦闘のためだけに作られた存在だ。造型を人間に模して作られているのも、敵に攻撃を躊躇わせたり、近くまで接近して暗殺を容易にしたりするために過ぎない。  日常生活を送ることなど、想定されてはいないのだ。 「……そう、でしょうね。補助アンドロイドとして作り変えられることがあれば、可能でしょうけど、戦闘用に作られているままでは、平和な日々は送れないでしょう」 「彼らは、戦うためだけに作られたということですか」  ハギヤは無言でうなずいた。牧師は真顔で話を聞いている梓豪を見る。 「ねえ梓梓……なんとも、おぞましいものですね。殺すためだけに腕を振るい、相手を追うなんて。誰かを抱きしめるためでも、手を握るためでもなく腕を使い、大地を踏みしめるためでも、風を感じるためでもなく、足を使うなんて」  梓豪は神妙な様子でうつむく。牧師は沈痛な表情を二人にも向けた。 「あなたがたも、殺戮のための機能しか持たないなんて、彼らを哀しい存在とは思いませんか」 「……思います」  ハギヤが静かに答えた。 シスイはハギヤの顔を気遣わしげに見上げる。  ハギヤは諦めたように笑いながら、息をするのさえ胸が痛いのだというように、胸元をぎゅっと掴んだ。 「本当に、そう思います」  彼の虹彩の褐色が、夕陽を受けて猫目石のように光った。
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