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第九章
褐色の蟷螂が、微動だにせず枯れ草の中に潜んでいた。
もうすぐ八歳になるシスイは、同い年の少年と並び、屈んで蟷螂の様子を見ていた。吐く息は淡く白を帯び、瑠璃色の天蓋に星が散り始めている。確実に日没が早まっていた。
「茶色の蟷螂なんて、珍しいなと思って」
少年の笑顔がガーデンライトに照らされている。名前はハギヤだ。
彼の名前は一週間前にシスイが付けた。日本の四季の写真集を見ながら、彼は秋が好きだと言ったから。秋の訪れを告げ、昔から日本人に愛されてきたという花の名前を付けた。
「ハギヤはわざわざわたしにこれを見せるために、こんな寒い中連れ出したの?」
シスイが刺々しく言うと、ハギヤは困ったように眉尻を下げた。
シスイは横を向いてため息をついた。同い年だというのに、虫を見せるために部屋から連れ出すとは、あまりに幼い行動ではないかと思う。
施設では、一月一日になると同学年の者は皆一様に歳を取る。元々の誕生日の日付など関係ないし、そもそも誰も自分の本当の誕生日など知らない。
シスイが立ち上がろうとしたとき、ハギヤが言った。
「おれ、シスイは優しい人だと思ってるんだ」
何を言いたいかわからず、シスイは黙ってハギヤを見た。
「シスイは、ほんとはあんな風に言うつもりじゃなかったんだよね」
ハギヤの声は暖かかった。外はウィンドブレイカーを着ていても肌寒いのに、彼の言葉を聞くとシスイの鼻の辺りはじんわりと熱くなった。
「おれも一緒に行くから、キキョウと仲直りしよう」
シスイは一度だけうなずく。視界がぼやけて、ハギヤが見つけた蟷螂は、もうよく見えなかった。
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