第九章

2/4
前へ
/73ページ
次へ
 ハギヤはシスイの居室をよく訪れた。  訓練でツーマンセルを組むことが多かったので、作戦立案や反省のために集まる機会があったというのもあるが、忌憚のない物言いから班の者と衝突して部屋に引きこもることが多いシスイのもとへ、ハギヤは甲斐甲斐しく通った。  ある日もハギヤが部屋に行くと、シスイはベッドの上で膝を抱えていた。 「またキキョウと喧嘩したって?」  ハギヤが笑いながら聞くと、シスイはさらに小さく丸まった。 「……誰かと話をすると、慌てちゃうんだもん。そしたら、思ったことと全然違うこと言っちゃってて、相手が怒っちゃって、キキョウがそれ見てもっと怒って、わたし、もっと慌てて……」 「手先は器用なのに、そういうとこ不器用だよなあ」  シスイはじとっと非難するような目をハギヤに向けた。 「ハギヤは器用だよね。手先は不器用なのに」 「器用ってほどでもないと思うけどなあ」  手先が不器用なのは否定しないのであった。ハギヤに手入れされたシスイのリボルバーがどうなったか、同じ班の者なら周知の事実である。今も、靴紐の左右の紐の長さが著しく異なっている。  ハギヤが回転椅子をまたぎ、背もたれの方を向いて座った。トラブル知らずの柔和な表情を見ていて、シスイは悔しくなった。 「わたし、ハギヤみたいになりたかったな」 「なんで?」 「ハギヤ、すっごく強いんだもん。こないだ一緒に稽古した時、わたし負けちゃったし」 「武器があったからでしょ? おれ、体術ならシスイに敵わないよ」 「……それに、みんなと仲良くできるし。わたしは怒らせちゃうのに。ハギヤは何でそんなに優しいの?」  少年は考えながら答えた。 「優しいかはわかんないけど……困ってる人は助けたいって思うよ。おれは不器用だし、勉強が苦手だから、小さな頃から周りの人に助けられてきたんだ。だからおれも、おれのできることで、周りの人を助けたいと思うようになった。助けられたら嬉しいことを、おれはすごくよく知ってる」  ハギヤは心から真実を語ったのだが、シスイの納得した様子はなく、拗ねたままだった。  ハギヤは少し黙った。真面目な顔で、 「シスイ、こないだの『対破壊兵器』のテスト、何点だった?」 「え……なに。八十五点だけど……」 「その前の『医学』は?」 「九十六点……」  ハギヤは歯を見せて笑った。 「おれはどっちも追試だった!」  あっけらかんとした言い方に、シスイは何と声をかけるべきかわからない。どちらも平均点は高く、さほど難易度の高い試験ではなかった。 ただ、実技ではいつも晴れがましい成績を出し、実地訓練でも的確に状況判断を行うハギヤは、どうしても座学では点数が取れない。昔からそうだった。 ハギヤは椅子に座ったまま、くるくると回った。 「ちゃんとやれって毎度言われるんだけど、おれもちゃんとやってるんだよな。でもどうしても覚えられなくて。シスイは、物覚えも早いし、知識も豊富でいいよな」 「お、覚えられるってだけだよ。知識は使えないと意味がない」 「一昨日の作戦行動のときも、俺が覚えてない作戦の名前をさらっと言ってたよ。狙撃銃の手入れもできるし、視野も広い。セイガのミスも、シスイだから気づいたんだ」  褒め殺しに遭い、シスイは縮こまった。 「おれ、シスイみたいになりたかったな」  ハギヤの呟きにはっとして、シスイはハギヤの顔を見た。 変わらぬ柔和な笑顔に、嫉妬心は消えていった。 「……ごめん」 「謝らなくていいよ」  以前からシスイは、目の前でにこにこしているこの少年を、深く相手を思いやるところのある人物だと思っていた。  同時にこの優しい人物が、人間の首を斬り落とす時にどんな感情と戦うのだろうとも、昔から思っていた。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加