第九章

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 崩壊の時は思ったよりも早く訪れた。  十歳の時、初陣で人間相手に武器を振るい、断末魔と鮮血を身体いっぱいに浴びた時、ハギヤの心には小さな亀裂が入ったようだった。  ハギヤは、自分を見上げるシスイに向かって、微笑んだ。 「大丈夫。先生が言うにはね、敵はたくさんの人を楽しんで殺してきたひどい奴なんだって。おれがそいつを殺せば、おれの仲間も助かるし、これから多くの人が助かるんだって」  その場しのぎの危うい理論だった。成長すればするほど、それがどれほどの詭弁なのか彼は理解していくことになった。  殺人に対する抵抗には個人差がある。罪悪感を覚えにくい者、生きるための術だと割り切る者もいれば、どんなに割り切ろうとしても受け入れられず、心を壊していく者もいる。  シスイは割り切ることができた。ハギヤは割り切ることができなかった。それなのにハギヤには、殺人に対して天賦の才があったのだ。  無論、ハギヤのように割り切ることができず、徐々に精神を乱す仲間も現れた。敵を撃ち殺した後、彼は近くで血に塗れていたハギヤに向かって飛びかかった。  ハギヤは条件反射で仲間の首を飛ばした。十二歳だった。よく訓練されている兵士であったのに加え、そこは戦場であったから、剣士に必要な野生の勘のようなものが非常に研ぎ澄まされていた結果だった。  傍で目撃したシスイはやむを得ない処置だと思った。返り討ちにしていなければ、発狂した仲間は部隊に多大なる損害を出していただろう。  ハギヤもそれは理解していただろう。しかし同時に、彼は違うことも感じたらしかった。  敵と全く同じように血を噴き出す仲間の身体を見て、彼は呟いた。 「……おれがずっと殺してきたのは、おれたちと同じ人たちだったんだね」  それからハギヤは、戦場に向かう時に別人のような表情を浮かべるようになった。  戦闘用アンドロイドと全く同じ表情で容赦なく、実に合理的に、刃を振るった。けれど戦いが終わったときには声もなく跪き、自分が首を落とした人々の冥福を祈った。  二人が十代を折り返し、子供を使う実験に反発する者たちの手引きで施設から脱走した時は、子供たちに味方する職員、脱走を阻もうとする職員も含め、多くの職員が犠牲になった。ハギヤとシスイを連れて逃げ出した職員も、道中凶弾に倒れ、二人は知らない街に放り出された。  言語以外には戦うことしか教わってこなかった二人は、自分たちを連れ出してくれた職員の遺言を遂行して味方の陣営に向かう道中、多くの人間を傷つけてしまった。  民間人を傷つけて時には殺してしまうことに、シスイも疲弊したが、敵を殺すことにすら強いストレスを感じていたハギヤは尚更だった。  普段は非常に温厚で、共感性の強い少年なのだ。ハギヤを庇って一人で戦おうとするシスイの辛さにすら、気づいてしまう少年なのだ。  ハギヤはほぼ毎晩のようにうなされ、たまに飛び起きた。記憶がフラッシュバックして、頭を押さえてしまうこともあった。  シスイはその度に彼を引き戻す。もう施設での地獄は、逃走の日々は終わったのだと言い聞かせる。  そんな日々は、五年以上経っても変わらず続いていた。
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