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思い切って真実を伝えたのは、賭けだった。当たりでも外れでも、意味のある賭け。
シンガポール人は眉を上げた。
「フィオナを? そりゃまたどうして」
「それは話せないが、できれば生きた彼女に会いたいと思ってる。彼女の力が必要なんだ」
オリヴァーは黙りこむ。ハギヤは、隣のシスイが彼女の太腿に巻かれたホルスターへ指を這わせているのを感じながら、落ち着いて聞いた。
「あなたはフィオナとどういう関係なんだ。友達か?」
つまりは、フィオナからどこまで話を聞いているのか。フィオナの経歴、職業、そして罪状を、オリヴァーは知っているのか。フィオナを探している男女の二人組が、彼女の前に現れる『意味』を、この男はわかっているのか。
場合によっては少々強引な手段に出る必要があるが、そちらの方が話は早い。
二人がオリヴァーの狐顔を見つめる中、彼は力なく、しかし照れたように微笑んだ。
「俺は……彼女の擁躉(ファン)さ」
シスイがホルスターから手を離し、腕を組んで椅子に寄りかかる。興味が失せたから、この話はハギヤに一任する、そういう態度である。
交渉事は大抵がハギヤの担当だった。シスイは回りくどいやり取りや損得勘定が極端に不得手だからだ。
その後ハギヤはオリヴァーから、フィオナがいかに優美で聡明で親切であるのかという話をたっぷり聞かされることになった。シスイは話の途中で運ばれてきた料理のうち、青菜のオイスターソースがけや付け合せの草ばかり吸い込んでは、甘味はハギヤの方に寄せて仕分けていった。
話を要約すると、オリヴァーは近所付き合いの中でフィオナに惚れ込み、しかしながら奥手な性格と自らの表では言えないような職業を理由に、彼女を陰ながら見守ることに決めた。例え彼女に愛する人が現れようと心から祝福し、果ては自分がこの街にいる限りは彼女の子孫も影に日向に守護しようと決めていたという、相当な入れ込み様だった。
「表では言えないような職業って?」
ハギヤがふと聞くと、オリヴァーは自嘲気味に笑った。
「シンガポールの一チンピラだ。うちの首領は徳華と取引しているから、その連絡係を長年任されている」
一丁前に戦闘経験は積んできていそうに見えたのはそういうわけだった。
とりあえずフィオナとこの男が互いの深い事情を知るほどの仲ではないことは嫌というほどわかったので、ハギヤは月餅を一口で半分齧り取ると、話を本題に戻した。
「フィオナのことはどこまで掴んでるんだ?」
「何も。悔しいことにな。彼女は今朝出勤して、昼も元気に働いていた。夕方俺がまた見に行った時にはすでにあの有様だった」
「通報はしなかったのか?」
「この街の警察は徳華の傘下だ」
オリヴァーは短く吐き捨てる。
よくある話だ。ハギヤは質問を続ける。
「フィオナの同僚も一緒に襲撃された可能性があるが、その家族は?」
「フィオナがあそこで雇っているのは技術力のある出稼ぎ外国人だけだ。しかも短期間で入れ替えてる。謎多き人だ……」
オリヴァーのストーカーまがいの行動や所々に挟まる感想は聞き流し、ハギヤは話を聞いていたが、今後の方針を立てるべく暫し沈黙した。すると彼と交代するように、
「一つ聞きたい」
卓上の緑をほとんど吸い尽くしたシスイが、突如声を発した。
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