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「なぜ自分たちを信用した? 徳華の手の者かもしれないぞ」
オリヴァーは草刈り機のようだった少女が喋りだしたことに驚きつつ、ぼやくように言った。
「徳華は英語を流暢に使える外部の奴なんて雇わない。絶対にだ」
ハギヤが月餅の残りの半かけを口に放り込み、思い出したように言う。
「確かに最初、身内囲いの陰気な人間だと言っていたな」
「奴は東龍慶に金を落とす外国人は歓迎するが、同胞としては歓迎しない。あの九龍城もどきにだって、昔ながらの知り合いやその縁者しか住まわせない。あれは形だけの九龍城だ。徳華にとっては理想郷じみた故郷の幻影かもしれないがな」
口ぶりからするに、オリヴァーが徳華にも東龍慶の象徴にも好感を持っていないのは明らかだった。ハギヤは胡桃入りの甘い餡を飲み下し、話題を変えた。
「気の毒なことだな。それで、今後どうするかだが――」
「わかってる。フィオナ探しに関してのみ、手を組みたい。俺と、お前さんたちとで」
彼は噛んで含めるように言った。組織の同盟という話では決してないということだ。オリヴァーのほうも、二人がまともな所属であるとは思っていないらしい。
ハギヤが異論はないと答えると、シンガポール人は身を乗り出した。
「早速だが、やってほしいことがある。お前さんたちがこの街に来て日が浅いことを利用したい。徳華と直接繋がってる店がいくつかあるから、情報を集めてきてほしい」
ハギヤは露骨に嫌な顔をした。
「わざわざマフィアの息がかかった店に潜入しろって?」
そうと知らずに行く分には仕方ないが、いずれ敵対するかもしれない組織だ。情報収集を上手くやらなければ、怪しまれて蜂の巣にされてもおかしくない。
オリヴァーは苦笑したが、引く気はないようだった。
「ただ様子を見てこいってだけだ。よそ者に警戒する奴もいるが、油断する奴もいる。そういう馬鹿が、口を滑らせるのを待てばいい」
言うは易し、行うは難しを地で行くような提案だった。しかし二人としても、フィオナの安否は早急に知りたいところである。
ハギヤは椅子に深く腰掛け、ため息とともに言った。
「……せめて普通話か英語が通じる店を紹介してくれ。話を弾ませる必要がある」
「いいとも。北京人向けの店を紹介しよう」
「で、その間そっちは何をしてくれるわけ? マフィアの事務所にでも殴り込みに行ってくれるのかな」
「そう言うなよ。俺は俺で怪しいと思う場所を洗う。これでも徳華のところと付き合いは長いからな、奴の部下に機密事項を見せてもらって動くくらいのことはできる」
ハギヤがシスイの方を向くと、シスイは口元を手の甲で拭いながら、一言言った。
「自分は問題ない」
恐らく事務所へ殴り込めと言われても、同じ台詞を言ったに違いないとハギヤは思った。
オリヴァーは懐から携帯端末を取り出して操作すると、ハギヤの手持ちの端末が何かを受信して震えた。
「決まりだな。今、俺の住所を送った。今後の連絡はその履歴からしてくれ」
「わかった。そっちの提案を呑むんだ、ここを払うくらいのことはしてくれよ」
「構わんさ、俺は年長者だろうしな」
オリヴァーは寛大に笑うと、勘定を頼むために店員を呼び、卓上を指差してぐるぐると円を描いた。二人が立ち上がると、「ああ」と思い出したように声をあげた。
「ズーハオとの接触は避けろ。いい子だが、あの子は徳華の息子で、父親のことをとても慕っている。徳華を怪しんでいると知ったら、喧嘩くらいのことはするだろう」
「ズーハオ?」
「洒落た腕輪をしてるから、すぐにわかると思うが……若い男だよ」
オリヴァーが指で、空中にゆっくりと字を書いてみせる。
梓豪。
『梓梓、気をつけて』――医療研究中心に残された走り書きが、二人の頭をよぎった。
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