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第二章
香港は湿気の多い気候だ。特に春頃は雨季にあたる。
オリヴァーと別れて店から出ると、夜の東龍慶には濃い霧が降りてきていた。赤や緑、黄色のネオンがぼやけ、通行人は雲の中から次々と浮かび上がってくるように見える。
料理を蒸す匂いと人の汗の酸っぱい臭いが霧に混ざっている。胴体に大きな画面が埋め込まれた広告ロボットが、派手な広告を目まぐるしく点滅させながら、香港で流行っているらしいアップテンポな曲を音割れの大音量で流している。
「こっちだ」
ハギヤが携帯端末を見ながら人混みの中を先導する。身長の低いシスイを見失わないよう何度も振り返るので、やがてシスイは渋い顔でハギヤのコートの裾を掴んだ。
「何でそんな顔してるの」
「子供みたいだ」
「おれは助かるよ」
少女を宥めつつ、ハギヤはライトアップされた露店を見上げる。
道に張り出した露店では、様々な品物が売られていた。食べ歩きできる料理を売っているところもあれば、電子煙草に得体の知れない映像が記録されたディスク、いつのものかわからない色あせた雑誌、ごろごろと置かれた宝石アクセサリー、窃盗の七つ道具まで。
露店の隙間や風俗店の前にはキャッチが潜んでおり、ハギヤも何度か「オニイサン! カワイコ! カワイコイルヨ!」と声をかけられたが、一切無視して進んでいく。それでも付いてくるしつこいキャッチも、ハギヤの連れの形相を見て黙りこむ。
大通りの一角に、オリヴァーに教えられた『龍宝茶室』はあった。昼は喫茶、夜はバーとして開いている店のようだ。一人通るのがやっとな急階段を上がり、扉を開ける。
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