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 暗い・・・寒い・・・  ビクトルは目を開けたが、闇で何も見えなかった。  体が動かない。足が何かに挟まっている。  落ち着け・・・おれはだれだ、ここはどこだ、今はいつだ? 「おれはビクトルだ。ここは択捉島で、今は3月の7日で・・・」  ビクトルは自分を取り戻した。  がたたっ、音がした。体が揺れる。ごとごと、周囲で変な音がする。 「地震だ・・・地震があったんだ!」  ビクトルはさっきの出来事を思い出した。自室にいて、家が大きく揺れた。床が抜け、壁が倒れ、天井が落ちてきた。  身をねじると、挟まっていた足が抜けた。少し自由がきく。  手で頭の上を押すと、光が差した。  崩れた壁と梁の間から、這い出た。外は寒かったが、むしろ心地良くさえ感じた。 「ビクトル!」  兄が声をかけてきた。 「イワン兄さん、大丈夫だったかい?」 「たまたま、外にいたからな」  兄は黒い髪を指でなで、がははっ、気丈な笑い。 「イワン、ビクトル!」  母、イリナの声がした。倒壊した家の反対側から顔を出す。ビクトルを探していたらしい。  胸は温かくなったが、肩に寒さがのしかかる。  3月、まだ択捉島は冬だ。北海岸のオホーツク海側に流氷が押し寄せ、氷点下の冷気が山を越えて、択捉島の南海岸に吹き下ろす。 「あと、お父さんだ」 「ユーリは港の船にいるはず」  母と兄の心は家にいない父へ移った。 「ぼくも」  ビクトルは立ち上がろうとして、尻もちをつく。足腰が定まらない。 「おまえは、ここにいろ。食べ物を探しておけ」 「港へは、あたしらが行くから」  ビクトルは座り込んだまま、頷く。  兄はハイラックスピックアップのエンジンをかけた。母が助手席に乗る。択捉島の自家用車は、ほとんど日本の中古4WD車。  家は太平洋を見渡す高台にある。港への道を下って行くハイラックスを見送った。  深呼吸して、立ち上がる。  見れば、家の前のコンテナが横倒しになっていた。入り口が上を向いている。  兄の言いつけを思い出した。冬の間、コンテナは食料の貯蔵庫でもある。凍っても良い物を入れておく。  踏み台を探し、コンテナの上に登った。閂を外して、ドアを開けた。  どどど・・・変な音に気付いた。  振り向いて海を見れば、白い筋が南から押し寄せて来る。沖から、何本も続けて来る。  津波だ!  西暦20XX年、3月7日、午後2時11分、択捉島の東、千島海溝の付近でマグニチュード8.5の地震が発生した。  地震発生から約20分後、最大20メートルに達する津波が択捉島に達した。その後、津波は国後島、歯舞島、納沙布岬へと押し寄せた。
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