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2.
暗い・・・寒い・・・
ビクトルは目を開けたが、闇で何も見えなかった。
体が動かない。足が何かに挟まっている。
落ち着け・・・おれはだれだ、ここはどこだ、今はいつだ?
「おれはビクトルだ。ここは択捉島で、今は3月の7日で・・・」
ビクトルは自分を取り戻した。
がたたっ、音がした。体が揺れる。ごとごと、周囲で変な音がする。
「地震だ・・・地震があったんだ!」
ビクトルはさっきの出来事を思い出した。自室にいて、家が大きく揺れた。床が抜け、壁が倒れ、天井が落ちてきた。
身をねじると、挟まっていた足が抜けた。少し自由がきく。
手で頭の上を押すと、光が差した。
崩れた壁と梁の間から、這い出た。外は寒かったが、むしろ心地良くさえ感じた。
「ビクトル!」
兄が声をかけてきた。
「イワン兄さん、大丈夫だったかい?」
「たまたま、外にいたからな」
兄は黒い髪を指でなで、がははっ、気丈な笑い。
「イワン、ビクトル!」
母、イリナの声がした。倒壊した家の反対側から顔を出す。ビクトルを探していたらしい。
胸は温かくなったが、肩に寒さがのしかかる。
3月、まだ択捉島は冬だ。北海岸のオホーツク海側に流氷が押し寄せ、氷点下の冷気が山を越えて、択捉島の南海岸に吹き下ろす。
「あと、お父さんだ」
「ユーリは港の船にいるはず」
母と兄の心は家にいない父へ移った。
「ぼくも」
ビクトルは立ち上がろうとして、尻もちをつく。足腰が定まらない。
「おまえは、ここにいろ。食べ物を探しておけ」
「港へは、あたしらが行くから」
ビクトルは座り込んだまま、頷く。
兄はハイラックスピックアップのエンジンをかけた。母が助手席に乗る。択捉島の自家用車は、ほとんど日本の中古4WD車。
家は太平洋を見渡す高台にある。港への道を下って行くハイラックスを見送った。
深呼吸して、立ち上がる。
見れば、家の前のコンテナが横倒しになっていた。入り口が上を向いている。
兄の言いつけを思い出した。冬の間、コンテナは食料の貯蔵庫でもある。凍っても良い物を入れておく。
踏み台を探し、コンテナの上に登った。閂を外して、ドアを開けた。
どどど・・・変な音に気付いた。
振り向いて海を見れば、白い筋が南から押し寄せて来る。沖から、何本も続けて来る。
津波だ!
西暦20XX年、3月7日、午後2時11分、択捉島の東、千島海溝の付近でマグニチュード8.5の地震が発生した。
地震発生から約20分後、最大20メートルに達する津波が択捉島に達した。その後、津波は国後島、歯舞島、納沙布岬へと押し寄せた。
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