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 海水は生き物のように坂道を這い上がった。  丘の上にある家に達して、波がコンテナを叩いて揺らした。  ビクトルは中に落ちた。  右へ左へ、コンテナは揺さぶられた。幸いにも、ドアを上に向けたままなので、浸水はしなかった。  揺れなくなった。  ビクトルは荷物をかき分け、天井になったドアから頭を出し、外を見た。  丘の上には何も無くなっていた。家の土台だけが残り、コンテナがひっかかっていた。  水が薄膜になって引いていく。  港へ行くべきか、少し迷った。ここにいるべき、と結論した。  海が落ち着いたら、漁船で沖に避難していた父と母と兄がもどって来る。それまでに、コンテナの中身を整理して、使えるようにすべきだ。  ビクトルは自分の仕事を見つけた。  3月・・・日が暮れてきた。急激に気温が下がる。  段ボール箱を開いて平面にした。コンテナの内壁に貼る。たよりないが、断熱材の代わりだ。  ぎぎっぎっ、コンテナが揺れた。でも、すぐ静かになる。余震だ。  網があったので、カーテンの代わりでドアのところにかけた。ドアは少し開けておく。夜は氷点下、凍り付いたら出られなくなる。窒息もイヤだ。  ビクトルは目を覚ました。少し眠っていたらしい。  と、かたかた、コンテナが揺れた。また余震だ。  感覚が鋭くなったのか、前震で気付いてしまう。本震が来る前に目が覚めた。  がくん、少し大きな揺れ。  今回は大きい。  両手両足を壁に押し当て、揺れに耐えた。  天井の開口部、コンテナのドアにかけてあった網が落ちてきた。にぶい朝日が差し込んだ。  ビクトルは頭を外に出した。  霧がかかっていた。視程は100メートルほどか、眼下にあるはずの港は白い霧の向こう側だ。おだやかな波の音が聞こえた。  が、漁船のエンジン音も、自動車の走る音もしない。  夜中、何度も揺れていた。地震がおさまらないと、また津波の危険がある。船は港に入れない。  ばばばばっ・・・ヘリコプターの回転翼が出す音がした。  見上げるが、上側の視界は白いだけ。霧が濃過ぎる。  やがて、ヘリコプターの音は小さくなって、波の音の中に消えた。  ビクトルは思い出した。択捉島には空港がある。軍が常駐していた。ヘリが2機以上あったはずだ。  コンテナから降りて、道を走る。空港は家よりも高い所にある。津波の被害は無いはずだ。  坂を駆け上がり、息が切れてきた。空港への道案内の看板があった。  気合いを入れ直し、さらに走った。  空港のゲートをくぐる・・・静かだ。  ビルにも格納庫にも、誰もいない。ヘリすら無い。  択捉島の発電所は港に隣接していた。津波で発電所がダウン、空港の電気施設が使えなくなった。  空港にいたピョートル中尉は、択捉島指揮官に連絡を取ろうとした。が、択捉島駐留軍の本部も港にあった。  ヘリの弱い通信機では、サハリンともカムチャツカとも連絡がつかない。空港には食料の備蓄も無い。電気が止まっては、暖房もできない。  ロシアにとり、択捉島は絶海の孤島だ。日本の近くだが、軍事的な理由により、交易は無いに等しい。  地震の翌朝、ピョートル中尉はサハリンへの撤退を決断した。空港にいた10人ほどを乗せ、2機のヘリは択捉島を発った。
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