2人が本棚に入れています
本棚に追加
揺れる・・・ゆらゆら・・・体が揺れる。目が回っていた。
「ビクトル、しゃきっとしろよ」
兄が甲板から声をかけてきた。
「これくらいで腰を抜かしてちゃあ、次は船に乗せてやらんぞ」
操舵輪をにぎる父が苦言をこぼす。
「しっかりしなさい、お弁当を食べられないよ」
やさしい声で母が言った。
ごめんなさい・・・言葉を返そうとしたけど、声が出ない。
と、突然、海面が盛り上がる。波の頂点は空をおおうほどになり、闇となって船におおいかぶさってきた。
兄さん・・・父さん・・・母さん・・・
がつん、衝撃が体を揺さぶる。
ビクトルは目を開けた。
「やあ、起きたかい」
船医が言った。
護衛艦ひゅうがの艦内、医務室のベッドに寝ていた。ひどい寝汗をかいていた。
「と・・・トイレは?」
船医は壁のドアを指した。ベッドに寝る前にも用を足したけど、すっかり忘れていた。
医務室専用のトイレ、大げさな手すり付きだ。災害支援では病院船的な役割をになう護衛艦である。医務室や手術室などの施設は、択捉島の病院より充実していた。
室温は23度、この季節では熱いくらい。布団の中で汗をかいたのも道理だ。
新しい着替えをもらい、スープをもらう。胃にもたれない軽い食事。
その後、士官に囲まれて聴取となった。
ビクトル・ボリシコ、14才、択捉島生まれ、家族4人で高台の家に住んで・・・とりつくろう気力も無く答えた。
日本のBS放送を毎日のように見ていたから、日本語の聞き取りに不自由は無い。読み書きは苦手だけど。
「他には、誰が?」
「今のところ、救助できた生存者は、きみだけだ」
ビクトルの質問に、士官は首を振って答えた。
「漁船は、漂流しているのとか?」
「転覆しているのも含め、何艘か見つかっている。人は乗っていないようだ」
ビクトルは肩を落とした。
船医が健康状態を確認したので、医務室から出られるようになった。
食道へ行き、本格的な食事をもらう。
船の中とは思えない、立派な食堂だ。テーブルが床に固定されているのは、船舶らしいところ。
壁に大きなテレビがあった。日本のBS放送、地震と津波のニュースを流している。
ロシアのボローニン大統領が出て来た。
『現在、ロシア軍は国後島択捉島から離れているが、津波で住民が全滅したと確認したからである。日本が生存者を発見と報じたが、あり得ない事だ。事前に準備しておいたニセ者であろう・・・』
ビクトルはため息。テレビから目を離し、食事に専念した。
ポーン、チャイムが鳴って、テレビの画面が変わった。この艦の甲板らしい。
ヘリが甲板に降りて来るところ。ドアを開け、タンカを運び出す。
ビクトルは肩をたたかれた。医務室へもどれ、と言われた。
最初のコメントを投稿しよう!