2人が本棚に入れています
本棚に追加
医務室は大騒動、大柄な患者が運び込まれた。
「体温は32.5度・・・低い」
ベッドを囲んで、患者の手足をマッサージする。血液の循環を促す。
ビクトルは患者の頭の方へ行くよう促された。顔をのぞくと、父や兄ではない。ちょっと落胆した。
「コリョロフさん・・・」
「知り合いかね?」
「近所のおじさんです」
答えて、息を呑んだ。
「他には?」
ビクトルはドアを振り返る。新しい患者が来る様子は無い。
「たぶん・・・なんとかなるでしょう。容態が安定したら、帯広か札幌の病院へ移送しましょう。長期のリハビリが必要になるはずです」
船医が落ち着いた言葉で言った。
「これで2人目だ。もっと・・・もっと大勢いるはずだ」
ビクトルは腹に力を込めた。
翌日、ビクトルは択捉島の空港に降り立った。
生存者の探索と救助を手伝う。
自衛隊は衛星写真を元にした詳細な地図を持っていた。でも、津波で町並みも地形も変わって、役には立たない。
足で歩いて、現地を確かめるしか方法は無い。
海岸に漁船が横倒しになっていた。
「父さん!」
ビクトルは駈け寄る。船体番号を見れば、父ユーリが乗っていた船だ。択捉島の漁船は組合の所有、父は船長として乗っていた。
船の中には、誰もいない。痕跡を探すが、見つからない。乾きかけた潮の臭いと、漏れている燃料油の臭いばかりだ。最初から乗っていなかったのか、津波にもまれて投げ出されたのか。
丘の上にテントが仮設されていた。自衛隊員の休憩所ではなく、遺体安置所だった。
女性隊員に案内されて、ビクトルは入った。日本の伝統に従い、線香が焚かれていた。
20以上の遺体が並んでいた。ビニールの遺体袋に入れられ、顔だけが出ている。きれいに洗われていた。顔の下は裸らしい。泥から掘り出された時は、服は汚れたり裂けたりしていた。透明ビニール袋にいれて、遺体袋に並べて置いてあった。
テントの外は氷点下、中も同じような気温。腐敗の心配は無い季節だ。
真ん中あたりまで進んで、足がすくんだ。
兄のイワンによく似た顔があった。蒼白の肌、息をしている様子は無い。
他には・・・奥を探した。
父、ユーリに似た顔を見つけた。少し離れて、母のイリナが寝ていた。
「違う・・・だめだろ」
母を抱き上げ、父の左に寝かせた。兄を抱いて、母のとなりに寝かせた。
息が上がった。吐くのはできるが、吸うことができない。
ビクトルはひざをつき、兄の横に身を横たえた。
寒いと言ったら、兄は黙って肩を抱き寄せてくれた。母は両手で胸に抱いてくれた。父は・・・コートの中に入れてくれた。
今度は・・・ぼくが温めてあげるから・・・
ビクトルは兄の肩に身を寄せ、目を閉じた。
ことこと、地面が揺れた。また余震が来た。
はっとして、体の震えを止めていた。兄の顔を見るが、目は開かない。
最初のコメントを投稿しよう!