【短編】君がいた日の月影

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(……こんなもん、かな?)  本能的に満足するまで毛づくろいを終え、身体を起こして伸びをした。人間としての意識は以前強いままだけれど、猫としての本能には勝てやしない。何か小さな音がすればそちらに意識が向いてしまうし、目の前でカサカサと音の鳴るものを揺らされれば狩猟本能で飛びついてしまう。こーちゃんが作ってくれたアルミホイルの丸い玉はキラキラしていてパンチしたら遠くまで飛んでいくから楽しくて癖になるし、この前買ってきてくれた魚の形のぬいぐるみは後ろ足でキックして遊びたくなる。 「ん? みぃちゃん起きた?」 「にゃう」  トンと床に降り立ち、てくてくとこーちゃんが寝転んでいるソファまで歩いた。鳴き声も子猫特有の甲高い鳴き声から、猫らしい鳴き声に変わったと思う。歯も永久歯に生え変わったから、離乳食も卒業した。自分の成長をこうした俯瞰した形で認識しているのもひどく不思議な感覚だ。  ソファに寝転んでいたこーちゃんが身体を起こし、手に持っていた本をテーブルの上に置いた。こーちゃんの薬指の指輪が、リビングに差し込む陽射しを浴びて煌めく。 「みぃちゃん、あの場所好きなんだね」 「……?」  問いかけられた疑問が噛み砕けず、こてんと首を傾げて頭上を見上げる。  言われてみれば、気が付けばあのローテーブルの上に寝転んでいることが多い。窓を開けて過ごすことが多い近頃は、あの場所は風通しがよくてよく眠れる場所なのだ。  こーちゃんは腕を伸ばし、私の身体を抱き上げてそっと膝の上に乗せてくれた。 「季節に合わせていくつかベッドを作ってたほうがいいってコレに書いてあったからね。最近、よくテレビのところにいるからさ。ん~、でもあの狭さにぴったり合うような猫ベッドって市販されてるのかなぁ……」  こーちゃんは膝の上の私の頭や背中を撫でながらスマートフォンを片手に百面相をしている。そんなこーちゃんの様子をしばらくの間観察するものの、こちらを見ずにスマートフォンばかりを眺めている。私を撫でる手も段々とおざなりになっていく。  私のためにいろいろ調べてくれているのだろう。人間としての理性ではそうわかっているものの、猫としての本能から募っていく退屈さ。我慢が出来ず、撫でる手が止まっているこーちゃんの手をカプリと甘噛みする。 「って!」 「にゃ~ぅ」  そろそろ私にきちんと構って欲しい。寝起きで身体を動かしたいし、何より今日は病院で注射も爪切りも頑張ったのだ。そろそろご褒美があってもいいと思う。 「はいはい。今日は頑張ったもんね。ご要望の通り、遊びましょうか、お嬢さま」 「にゃぁ」  こーちゃんは思いっきり苦笑いを浮かべて私の頭をわしわしと撫でてくれる。スマートフォンをテーブルの上に置く、カタンという軽快な音。  私は満足気にゴロゴロと喉を鳴らし、遊ぶ体勢になってくれたこーちゃんの手の甲にすりすりと身体を擦り寄せた。
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