【短編】君がいた日の月影

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 少しばかりひやりとする風が開いた窓から吹き込んでいた。もう、冬はすぐそこまで来ている。だというのに、全身の毛を撫でていく風が心地よく感じるのは、猫の体温が人間よりも数度高いからなのだろうか。  家の照明が全て落とされた暗闇の中、窓辺から月明かりが薄らと差し込んでいる。ベッドの上で丸めていた身体を起こし、こーちゃんの顔の横に座り込んだ。 (……ねてる)  こーちゃんの規則的な寝息が聞こえてくる。彼は幼い頃から窓を背に横向きに寝る癖があったけれど、それは今も変わらないらしい。  全く光がないこの空間でも、私は影になっているこーちゃんの顔の輪郭や無防備な寝顔を綺麗に視認している。人間だった時はこんな真夜中に、こーちゃんの寝顔をはっきりと目に映せなかった。猫特有の夜間でもよく見えるこの目のおかげだろう。  ふたたび柔らかな風がふわりと吹き抜ける。ひげを揺らしていく風がおさまると同時にベッドから床に飛び降りた。子猫の頃は高いところから降りる時に全身を上手く使えずに必ず大きな音を立ててしまって、こーちゃんに苦笑いされていた。でも、猫として生きるようになって半年が経ち、高いところから降りることもなんなくできるようになった。  フローリングに直接触れている肉球が足音を吸収している。私はこうして活動をしているのに、この空間は雪が降りしきっているかのように静かだ。  対面キッチンのカウンター席に狙いを定め、後ろ足で床を蹴ってそこに飛び乗った。こーちゃんが寝静まったあとにこうして家の中を探検するのは楽しい。生前住んでいた家ではあるけれど、視線が違うと目に映る景色が全く違う。何度探検しても飽きが来ない。  こーちゃんが仕事から帰ってきたあとは、なるべくこーちゃんのそばにいたい。こーちゃんが仕事のときにはゲージの中で時間を過ごしているから、家の中を探検するならこの時間がうってつけなのだ。  飛び乗った先のカウンターテーブルにはいくつもの写真が飾られている。ランダムに置かれた写真立ての隙間を縫うように歩くのが最近の楽しみ。するりと身体をすべらせ、テーブルの端にちょんと座り込む。  視界に映る無数の写真たち。生前の私が切り取られた写真がいくつもあるなかに、今の私を抱えた笑顔のこーちゃんの姿が映し出されている1枚の写真をじっと見つめる。 (……)  この写真がここに飾られたのは、つい数日前のこと。  生前の思い出が、走馬灯のように脳裏を駆けていく。二人ですごしたかけがえの無い時間。確かにあった幸せな記憶たち。  私は――置いていった側、だ。人間として生きていた頃の私の写真を、この場所にこんなにも飾っている……置いていかれたこーちゃんの気持ちは。想像するしか、できない。
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