【短編】君がいた日の月影

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(ごめんね……こーちゃん)  前足を揃え、尻尾をたらりと落とす。私があの時、あの瞬間、外に出なければ。私はきっと、まだここでヒトとして生きていただろう。 (……)  スマートフォンでセルフィー画面を起動させ、私をだっこして写真を撮ったこーちゃんの弾けるような笑顔。その表情をただただ眺め、物思いに耽る。 (でも……)  生前の私の写真の隣に、こんな写真を飾れるようになった……というのは。きっと、こーちゃんにとっての小さくて大きな一歩だと思う。  『死別』という悲しみを乗り越えられたわけではないだろうけれど、その悲しみと上手く付き合っていけるようになった、のかもしれない。  生まれ変わってふたたびこーちゃんのそばにいられることが嬉しくもあった。けれど、夫婦ふたりで細々と支え合って生活していた頃とは違う、ただただ一方的にお世話される毎日。そんな日々が申し訳なく思う気持ちもあった。  けれど――『みぃちゃん』、という存在が。こーちゃんが抱えた心の傷を、私が与えてしまった深い悲しみを、少しずつでも埋めていけている、と。そんな風に、勘違いしてしまっても……いいのだろうか。  じんわりと心が綻ぶような気がして、垂らした尻尾を身体の近くに引き寄せパタンと動かした。  それならば、私がこうして猫として生まれ変わった意味もあるだろう。私は長い時間を生きられはしない。こーちゃんの最期を看取ることは叶わないということも理解している。  けれど――私がここにいることで、彼の心を癒すことが出来るなら。これからも、こうしてそばで、同じ時間を過ごしていきたい。  そして、願わくば。彼が家族を持って、幸せに笑っている背中を、私は見てみたい。  真っ暗な宵闇の中、蹲ってひとりで動けなくなっていたであろうこーちゃんが、やっと一歩を踏み出せた。『みぃちゃん』という存在を得た彼は、きっとこの先も、少しずつ。牛歩の歩みかもしれないけれど、一歩ずつ前に進んでいけるだろう。  時間はかかるかもしれない。でも、なんとなく思うし、なんとなく想像出来る。動物としての勘、そしてこーちゃんを愛した『美琴』としての願い。  彼に似た赤ん坊を抱いたこーちゃんが、このリビングで笑っている。私は陽だまりの中で、彼のその姿を眺めている。  本音を言えば――ちょっぴり寂しいけれど。こーちゃんのそんな姿を。私はこの場所で、こうして見ていたい。  私の心の内を現すかのようにひげが弾んだ。床に向かって軽快に飛び降りる。ふたたびてくてくと歩き、こーちゃんが寝ているベッドに飛び乗った。こーちゃんの顔の横に座り込んで寝顔をじっと観察する。
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