【短編】君がいた日の月影

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「この子は生後1ヶ月半から2ヶ月というところでしょう。ずいぶんと衰弱していますね。お話しを伺うに、恐らく真崎(まさき)さんのご自宅近くに縄張りを持った野良の母猫が育児放棄したのでしょう」  月影に照らされる中、駐車場に蹲っていた小さな猫。俺が手を伸ばした途端、糸が切れたかのようにその場に崩れ落ちたこの子を放置するなど、出来るはずもなかった。保護した後に自宅に連れ帰り、照明の下で確認した子猫は俺の自宅周辺でよく見る三毛柄をしていた。迷い猫かと思い躊躇ったものの、毛並みがひどく汚れている状態。この子は捨て猫なのだろうと予想していた。  ……けれど。まさかの『育児放棄』という言葉に目が点になった。  自宅に連れ帰ってもずっと眠り続けていた三毛猫。朝が来れば死んでしまうのではないかと不安でたまらなかった。去年俺を残して交通事故で旅立っていった美琴のように、俺の手からすり抜けてしまいそうな――今にも消えてしまいそうな、生命の灯火が目の前にあった。インターネットで子猫の保護の仕方という情報を集め、猫の身体を温め続けた。悪戦苦闘しつつ肝を冷やすような一晩を過ごした、ものの。 「育児……放、棄」  夜が明け真っ先に駆け込んだ先の獣医は眉間に皺を寄せたまま子猫の状態を診ている。診察台の上でぐったりした様子の三毛猫を、半ば呆然と眺めるしかできなかった。 「野生の母猫は弱った子猫を()()()()ことも少なくありません。自然界は厳しい。自分自身が食べていくのも過酷な環境下で、人間のように弱い子を手厚く面倒を見るということは行わないのですよ」 「……そうなんですか」  俺の誰に問いかけるでもない言葉に答えながらも、獣医は手は休むことをしない。その姿は、生命に真っ直ぐに向き合う者の矜恃を持った姿だ。 「治療の後はどうされますか」 「え?」  淡々と問いかけられた言葉の意味が飲み込めず目を瞬かせていると、顔を上げた獣医が眼鏡を指で押し上げながらゆっくりと言葉を紡いでいく。 「お腹に寄生虫がいますね。ひとまず駆除薬を投与しています。今後も定期的に薬を飲ませなければなりませんし、体調が整えばワクチンなども考えていかねばならないでしょう」 「っ! この子、助かるのですか!?」  投げかけられた言葉に身体を乗り出し、食い気味に言葉を被せる。みるからにぐったりしていた子猫が助かるのだという事実がこの上なく嬉しかった。
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