【短編】君がいた日の月影

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「真崎さんはおひとり暮らしですよね。この子を最期まで責任をもって飼う覚悟はおありですか、と……お尋ねしております」 「……」  射抜かれる、と表現するのが正しいような、真っ直ぐな獣医の視線。数多の生命と向き合ってきた者の、切なる想い。  その視線に含まれる意味の重みを悟り、身体の横に落としていた拳をぐっと握り締める。  とにかく、目の前の生命を助けなければという想いで動いていた。その先のことなんて、全く考えてもいなかった。  動物病院は慈善施設ではない。動物を治療する場所。保護活動や飼えなくなってしまった動物を保護するのは管轄外の業務。今回のように、猫を保護したら里親を必死で捜すか、自分で飼うかを決断しなければならないのだ。 (……こんな、時)  美琴なら、何と答えただろう。その言葉が、先ほどから頭の中をぐるぐると回り続けている。  美琴が居なくなってしまったあの日から、俺は虚無だった。ただ漫然と生きるために仕事をこなし、栄養を摂取して。休みの日は仏壇の前で一日中、遺影と向き合う。思えば、そんな日々……だった。昨日――この子に会うまでは。  ふっと視線を落とせば、診察台の上で眠り続ける三毛猫の姿が視界に映る。昨晩とは打って変わった……少し、穏やかにも思える寝顔。  この子に会ってから、この子を助けようと必死だった。何かにこんなに必死になることなんて。あの日から――一度も無かった。 「……」  その穏やかな寝顔が、棺の中の美琴の最期の表情に……似ているような。そんな気がした。 「動物愛護団体へとお考えでしたら、ご連絡先をお伝えしますが」 「……俺が引き取ります」  美琴だったら、きっと。困ったように、それでも嬉しそうに。『家族が増えたね』、と――笑ったはず、だから。
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