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ふわふわとしたものに全身が包み込まれている。あたたかくて柔らかい、毛布のような何か。
ゆっくりと目を開く。やけに低い場所にある視線。まるで、床に伏せて眠っているような。事故に遭った、あの瞬間のような。周りを見回すものの、私の周囲は大きな茶色の壁に囲まれている。首を動かして視線を上に向ければ高い場所に光源がある。その光源が思いのほか明るくて、思わず目を細めた。
「みぃ……」
誰か近くにいないかと問いかけようとしたけれど、小さな猫のような、甲高い声しか絞り出せない。身体を起こそうと四肢の先まで力を入れる。ゆっくりと立ち上がるが、それでも視線は低いまま。
「みゃぅ……」
ふたたび大声をだそうと思ったけれど、喉から上がるのはか細い声。全身もぎこちなくしか動かせない。けれども、一番初めに目覚めた時にあんなに感じていたお腹の奥の痛みは軽減されているように思う。
不意に、ガラリと大きな音が響いた。その音に思わず身体が竦む。全身を縮こめ、耳を動かして様子を伺う。
のしのしと足音が聞こえる。その足音が私の近くで止まり、大きな影が上から私を覗き込んだ。
「おはよ。起きたね?」
穏やかな声。大好きだった、こーちゃんの声。
「み、ぃ……」
どうしてこーちゃんがここにいるのだろう。私はあの事故で死んでしまったのではないだろうか。もしかして、助かったのか。……それとも。
『美琴がいねぇと俺は生きていけねぇや』
そんな風に言っていたこーちゃんが――私を後追いした、とか。もしかしなくても、ここは黄泉の国だったりするのだろうか。嫌な想像に、ざぁっと全身から血の気が引く。
そんな私の様子に気付いていないのか、こーちゃんは腰をおろして腕を伸ばし、私の身体を軽々と抱えた。
「お腹減ってない? ミルク飲もうか」
こーちゃんは私を抱きかかえたままゆっくりと立ち上がる。開いたままだった扉をくぐり、何処かへと向かう。
こーちゃんの手のひらの上から眺める景色は、とても見慣れたそれだった。引っ越してくる時にあぁでもないこうでもないと言いながらふたりで選んだ家具たち。
リビングに置くソファはベッドに出来るものにしたいと言い出したのはこーちゃんで。その希望通りに購入したものの、ほぼずっとベッドの状態になっていて、こーちゃんも気が付けばそこでテレビを見ながら寝てしまうからいつだって喧嘩の種だった。
そんな想い出のあるリビングの隅に置いた、大きな姿鏡。私よりも早く出勤するこーちゃんが、朝は必ずこの姿鏡でネクタイを整えるのを鏡越しに見ていつだってときめいていた。小中高と同じで、大学だけが違った幼馴染み同士。知らない一面なんてなかったはずなのに。
(……ぇ?)
その姿鏡に映っている光景に、我が目を疑った。
「えっと……ミルクはスポイトで飲ませるんだっけ」
小さく呟いたこーちゃんは、リビングのテーブルに積み上げた本や資料に視線を落としている。その腕の中にいるのは、こーちゃんの両手に乗るくらいの、本当に小さな三毛柄をした猫。
(え……ぇ、えええ?)
どうやら私は、あの交通事故を経て猫に生まれ変わり、こーちゃんに拾われたらしい。それが、ようやく飲み込めた。
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