【短編】君がいた日の月影

8/16
前へ
/16ページ
次へ
 元・野良猫だというのに思っていたよりも人懐っこく、昨日からは自ら遊んでとじゃれついてくるようになった。元気になったらノミの死骸や糞の除去をするためにシャワーを浴びさせるようにと獣医に言われていたことから、今日決行しようと思い立ち、風呂場に連れ込んだものの。 「みゃぅう!!」  俺の手の中でもわたわたと全身をばたつかせて何とか逃げようとする子猫。  抵抗するかのように足指を思いっきり広げ、そこから一昨日の夜に悪戦苦闘しながら切った爪が飛び出ている。指南書に先に爪を切るように書いてあったが、それに従っていて正解だった。鉤爪のような鋭い爪先で引っかかれてはこのシャワーも中止せざるを得なかっただろう。 「ごめんな~……」  ちょうど良い温度にしたお湯を張った洗面器に子猫の身体を入れ、空いた手でお湯を掬い子猫の背中にかけていく。顔にはかけないよう、慎重に。お湯をかけ始めたところから全身が硬直したように固まる。 「みゃうぅ~……」 「うっわ、めっちゃ黒い……」  洗面器のお湯があっという間に黒ずんでいく。病院から連れ帰ってきた時に猫用の身体拭きシートで全身を拭いて綺麗にしたが、それでもここまでとは。お湯を優しくかけつつ猫用のブラシで毛を梳いていく。  触れた前足の付け根からは相変わらずどくどくと激しい鼓動が伝わってくる。汚れたお湯を何度も張り替え、猫用の低刺激シャンプーを更に薄めて身体を洗い、すすぎを何度も繰り返す。  シャワー中も母猫に助けを求めるかのような必死な鳴き声を上げ続ける子猫の様子に心が痛むが、少しばかり心を鬼にしてシャワーを続けた。  * * * 「改めて見ると、本当に痩せてるね……」  シャワーも終わり全身濡れ鼠状態の子猫を優しく拭きあげていくと、毛に隠れた肉体の細さに改めて驚いた。毛を乾かすために一番弱い風量のドライヤーを当てていくと、徐々にさらりとした毛へと乾いていく。 「これくらいでいいのかな?」  なんせ動物を育てるなんて初めてだ。獣医に問いかけられた時に放っておけないとは思ったものの、こんなにもふにゃふにゃな生き物をきちんと育てられるのか、正直なところ不安しかない。けれども、引き取ると言った以上、責任をもって育てていくしかない。  ドライヤーを掛け終え、もふもふとした子猫の背中をゆっくりと撫でていく。  獣医によると生後2ヶ月くらいのメスということだが、インターネットで調べた平均的な成長を映した猫の姿とは雲泥の差。元から身体が弱かったところを寄生虫に宿主にされ、更に衰弱したところを母猫に育児放棄されたのだろうか。 「あそこでずっと助けを待ってたんだね、君は」 「みゃぅぅ~……」  か細い鳴き声が、俺のその言葉を肯定しているかのように聴こえた。言葉が通じているわけでもないだろうに、そんな風に思ってしまうくらいにはこの子に入れ込んでいる。すでに親バカを発揮しているような気がするのは、気のせいでもない気がする。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加