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 部活帰り、校舎を出よとすると夕立がやって来た。さっきまで鮮やかな茜色に燃えていた空が、今はくすぶった灰色に覆われていた。そこから大粒の雫が勢いよく降っている。時々驚かすように稲妻が走っておなかの底に響くような音を立てる。 「うわっ。 すっげー雨。」 「どうしよう、雷鳴ってんじゃん。」 「走って帰るしかないか。」 「じゃぁ、雪華(せつか)あたしらこっちだから!!」  雷の音に負けないように大きな声で友達が叫んだ。 「うん! じゃぁね! また明日!!」  私も同じように大きな声で叫び返すと、楽譜と楽器が雨で濡れないようにしっかり抱えて土砂降りの滝の中に飛び込んだ。  時々、店の屋根で雨宿りをしながら雪華は家への道を小走りで帰っていた。けれど、その表情に焦りはなく、どこか期待のこもった目で時折あたりを見渡していた。  学校と家の中間あたりに差し掛かった時、電柱の陰に和服姿の青年が立っていた。その人物は、大粒の雨が叩きつけるように降っているのにもかかわらず、合羽(かっぱ)も着ず傘もさしていなかった。それなのに、慌てるでもなく逆に落ち着いたように立っていた。  雪華はその人物を見つけると、嬉しそうに駆け寄った。雪華に気づいた青年も、嬉しそうに微笑んだ。  私、樋口雪華(ひぐちせつか)は現在高校1年生。部活は吹奏楽部に所属していてフルートを吹いている。  そんな私には誰にも話していない秘密の友達がいる。夏の、今日のように夕立が降った時にしか会えない、きれいな水色の髪に吸い込まれそうなくらい透き通った青い目をした不思議な友達が。 「(ソラ)! 久しぶり!」  雪華が(ソラ)に近づくにつれ、不思議なことに雨脚は段々と弱まってきた。そして、触れられるくらい近づいたころには、雨は一切降っていなかった。しかし、2人から少し離れたところでは激しく雨は降っている。  2人のいる空間だけが、世界から切り離されたように雨が一切降っていなかった。  これも、不思議なことの1つだった。いつも彼の、(ソラ)のそばは、どんなに激しく雨が降っていようと、ぴたりと止んでしまうのだ。 「久しぶり、雪華。会えてうれしいよ。? それは何?」  (ソラ)は不思議そうに雪華が持っている楽器を見た。 「私もうれしい! これはね、フルートって言う楽器なんだよ。今学校でね・・・・・」  私たちの会話はいつもこんな感じだ。  私たちが出会ったのは10年くらい前の、こんな激しい雨が降る夕立の中だった。小学生だった私は、友達と遊んだ後の帰り道で激しい夕立にあった。雷もなっていて、怖くて怖くて仕方なかったのを覚えている。  何か気を紛らわせるものがないかと、辺りを見渡していると今日のように、電柱の陰でたたずむ同じくらいの年の和服を着た男の子を見つけたのだ。 「そんなところでなにをしてるの?」  気になった私は雷の怖さも忘れてその男の子に近づいた。不思議なことに、男の子はこんなにも雨が降っているのに、私とは違いまったく濡れた様子がなかった。 「あなた、どうしてぬれてないの?」  そう聞いてみたけど、男の子はちらりと私を見ただけで何も言わなかった。 「なんでここにいるの? あっちに行ったらぬれないよ。」  そう声をかけても男の子は何の反応も示さなかった。その後も思いつく限り話しかけたけれど、男の子が反応を返すことはなかった。  私はなんとなく、その子のことが気になって、ぬれるのも構わずじっと男の子を見ていた。 「ハクシュッ!!」  しばらくそのままジッとしていたけれど、さすがに寒くなり我ながら大きなくしゃみをしてしまった。  すぐ隣からため息が聞こえたと思うと、急に肌を打つ雨の感触が無くなった。上を見てみると、雨がドーム状に私をよけて降っているのが見えた。 「ハックシュッ。」  またくしゃみが出た。雨に濡れたことによって体が冷えたようだ。  また隣でため息が聞こえ、体に何かふわりとかけられた。男の子を見ると、どこか不貞腐れたように自分が来ている羽織を1枚かけてくれていた。 「それ、着といて。」  会って初めて男の子が口を開いた。 「ありがとう!」 「・・・・・それはなんだ?」  男の子は、私の持っている袋の中を見て聞いた。 「これね、だがしっていうおかしなんだよ!」 「おかし?」 「うん! あまくってとってもおいしいよ! 食べたことないの?」  コクンと、男の子は頷いた。  私は、男の子が話しかけてくれたことがとてもうれしくて、乏しい知識を総動員して、持っているお菓子の説明をした。 「はい! 1つあげる! 食べてみて!」  私はお菓子を1つ取り出して男の子の口に入れた。  男の子は最初驚いた様子を見せたが、口に入ったお菓子をかみしめるうちに、無機質だった目が輝き始めた。  私は、そんな男の子の反応がとてもうれしくて、持っているお菓子をすべて男の子に挙げた。  そうやっているうちに、雨が止んできて分厚い雲の隙間から夕陽が差し込んできた。  雪華はこの時、門限が近づいてきていることに気が付いた。 「わたしかえらなきゃいけないから、じゃあね。またあした会おうね!」  羽織を男の子に返して、そう言って弾んだ足取りで家に帰った。家に着くと、びしょぬれになったことをお母さんにたっぷり怒られてしまった。  次の日、雨に長時間打たれたせいか、雪華は高熱を出してしまい、そのまま丸3日も寝込んでしまった。  熱にうなされている間、あの男の子はどうしているだろうかと、そんなことばかり考えていた。  
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