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トシと秘密基地
「おめぇ、そだな板で遊んでておもしゃいがや?」
声と同時に、知らない男の子の顔が目の前に現れた。突然のことだったので、驚いた拍子におなかからスマホが滑り落ちた。
「え、誰……?」
「俺はトシ。俺、近くさ住んでてよ、おめぇ、ずっとゴロゴロしったけから何してんだべと思って来てみたんだ」
「スマホでゲームしてたんだよ。でももう飽きた」
それを聞いてトシは目を輝かせた。
「んだら一緒に遊びに行くべ! あそこの裏山に秘密基地があるんだ」
秘密基地。その言葉に僕はそわそわした。僕が住んでるところでは、大人たちに秘密にできるような場所なんてなかった。公園も空き地も、必ず大人たちが見張っていた。でもここには、僕たちみたいな子供だけの、秘密基地があるという。
僕は起き上がり、スマホをポケットに入れた。
「裏山、行ったことないから案内してよ」
「わかった! 玄関で待ってっからすぐ来いな」
僕が乗り気になったのがうれしいのか、トシは玄関のほうへ駆けていった。子供っぽいなあと思ったが、僕も人のことは言えなかった。早足で玄関に向かい、靴に足を突っかけたまま外に出た。お母さんにはメッセージアプリで「近所の子と遊んでくる」と連絡しておいた。
トシの秘密基地は裏山に入ってすぐのところにあった。今にも崩れそうな、木でできた小さなボロ小屋だ。トシが扉を開けて、手招きする。
「ほれ、中さ入れちゃ!」
トシの後に続いて小屋に入ると、まず目に入ってきたのはビンの大群だった。大きさがバラバラのたくさんのビンが、壁に備え付けられた棚にずらっと並べられている。そのひとつひとつに、見たことのないものが入っていた。いろんな色のガラス玉がぎっしり詰め込まれているものもあれば、いかにも昔という感じのイラストが描かれた紙が何枚も入っているものもある。トシが言うには、それはメンコって言うらしい。棚のビンのほかにも、虫取り網や釣り竿、竹馬、虫カゴ、それに金づちとバールまで取りそろえてあった。
「すげー、いろんなものがある」
「ヨシキ、腹空かねが?」
きょろきょろしていたら、トシが何かを差し出しながら話しかけてきた。さくらんぼを細長くしたような果物のようだ。
「何それ?」
「グミ」
グミってコンビニとかで買えるプニプニしたお菓子……のことではないらしい。僕はグミと呼ばれた果物をおそるおそる口に放り込む。
「甘い!」
「な、うまいべ」
そう言いながらトシもグミの実をもぐもぐしている。と思ったら、トシはいきなり外に出て、種をぷっと吐き出した。たしかに、こんな山の中じゃわざわざ台所に捨てる、なんて必要はない。僕も真似をして種を飛ばした。意外と遠くに飛んでいったのが面白くて、トシにもう一個もらってもっと遠くに飛ばしてみた。それを見てトシが笑った。
「気に入ったがや? んだらばまた来い。また採ってきて食わしてけっから」
「ほんと? じゃあまた明日遊ぼうよ」
僕は身を乗り出した。トシはきっと僕の知らない遊びを知っている。トシと一緒にいるほうが、家にいるよりも絶対楽しいに違いない。
「おう、わかった。明日は釣りでもすっか?」
「釣り! やったことないからやりたい!」
「よし! やっべ! んだらば明日は十時にここ集合な」
いい場所知ってっからまかせろ、と胸を叩くトシに見送られて、その日は家に帰った。初めての釣り体験に想いをはせて、その日はさっさと布団に入って寝た。
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