駆け引き

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駆け引き

暗い地下室への階段を降りる三人の影が、壁にゆらりと重なる。 グレンの手には封じの箱、バルクロの手には奏での箱、そしてサラの手には癒しの箱がある。 部屋の中央には黒い柩が数基並んでいる。 手前のひとつに近付いたグレンがその蓋を押し開くと、中に一人の女性が眠っている。 サラの母ローラだった。 バルクロが奏での箱を開く。しんと静まりかえっていた地下室に優しい音色が響き始めた。 サラは癒しの箱をローラに近付ける。箱の留め金が外れる音が小さく聞こえた。蓋を開け、中の粉をひとすくい、ローラの体に振りかける。 一呼吸、二呼吸、やがてローラの胸が微かに持ち上がりその体に呼吸が戻ったことが分かった。 サラは祈るようにローラを見つめていた。 青ざめた頬にほんのりと赤みがさし、瞼が震える。 もう少しで母ローラは目を覚ますだろう。 その時だった。カタンと音を立てて、別の柩の蓋が外れた。 そこからむくりと体を起こしたのは黒いスーツに身を包んだ紳士だった。歳はグレンと同じくらいだろうか。顔立ちもグレンにどことなく似ているような気がする。 紳士は辺りを見回すと、目を閉じてすうっと鼻から息を吸い込んだ。 再びその目が開かれた時、二つの真っ赤な瞳がサラを捉えていた。 今目覚めたばかりとは思えない素早さで、紳士はサラに飛びかかった。 紫色の唇から白い牙がのぞく。その姿は本の挿絵で見た吸血鬼そのものだった。 サラは両肩を強い力で捕まれ身動きできない。 骨ばった両手の爪は容赦なくサラの肩にくいこんでくる。 ――助けて! 声にならない叫びを上げた瞬間、目の前に飛び込んできたグレンの肩に吸血鬼の牙が突き刺さった。 吸血鬼は喉を鳴らしてグレンの血を啜る。 呻き声を堪えるグレンの目が次第に赤く色付いていく。 サラは叫びながら目を覚ました。 もう何度目か分からない。あの日から繰り返し見る同じ夢だった。
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