1人が本棚に入れています
本棚に追加
「あの、大丈夫ですか」
ずぶ濡れでこちらに背を向ける塊に、恐る恐る声をかける。すると、目の前の塊はちらりと振り返ってこちらを見上げた。
黒髪から滴る雨粒、濡れた前髪の隙間から覗く大きな瞳。でも、それよりも目についたのは、彼の口元や頬にある痣や傷だった。
「あ、ごめんなさい」
声変わりはしているだろうけれど、少しだけ高めの声。彼は人懐っこい笑みをこちらに向け、立ち上がる。
「雨宿り、してました。邪魔でしたか」
口角は上がったまま、少し困ったように眉を下げる。
「いや、そういうわけじゃなくて」
そう言いつつ視線を下げると、彼の制服のシャツが所々汚れているのが見えた。茶色はきっと土。そして、この赤はきっと。
「えっと、怪我、大丈夫……?」
「え?あぁ、大丈夫です」
大丈夫、なのだろうか。制服に血が滲むほどなのに。彼はゆるりと微笑んで見せ、「すみません」と頭を下げる。そして、雨の中ここを立ち去ろうとした。
「あ、待って」
それを見て思わず引き留める。こんな雨の中、傘も持たない傷だらけの青年を追いだすほど私は酷い人間ではない。
「ちょっと入って行かない?」
私の誘いに、彼は「悪いです」とまた困ったように微笑む。
「雨でお客さんも来ないし、暇だったんだ。だから話し相手にでもなってくれないかな」
引き下がらない私に彼は少し悩んだ様子を見せた後、「じゃあ、お言葉に甘えて」と小さく頭を下げる。それに少しほっとして、私は彼を店の中に招き入れた。
最初のコメントを投稿しよう!