猫は愛盗り去っていく

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 救急箱を開ける私を見て、彼は「あ、いいですよ」と緩く首を振った。 「いや、もう消毒液出しちゃったし、ほら」  彼の断わりの言葉を聞いた後に消毒液をガーゼに染み込ませたのだが、半ば強引に言いくるめる。彼はそれでも遠慮している様子だったけれど、引く気のない私を見て諦めて従ってくれた。 「ちょっと沁みるかもしれないけど」  そう言うと彼は、こくりと頷いてぎゅっと目を閉じる。それを確認して、私はゆっくりと頬の傷にガーゼを当てた。その瞬間、彼の体はぴくりと小さく跳ねる。 「ごめんね、痛かった?」 「や、大丈夫、です」  眉を下げて、目を閉じたまま頷いて見せる。我慢強い子どものようだ。 「他に怪我してるところあるよね」  頬の傷の手当てを終えた私の問いに、彼はぎくりという効果音が付きそうな表情をした。 「ついでだし手当てしとこう?」  そう言えば、彼は大人しく袖を捲る。遠慮をしても無駄だということが分かったらしい。結局腕と足の怪我の手当ても進めていき、終わる頃に彼の前にことりとティーカップが置かれた。 「はい、頑張ったご褒美」  甘い湯気がふわふわと立つ。時折店長が気まぐれで作るそれは、甘い甘いミルクティーだ。 「ありがとう、ございます」  彼はふわりと微笑むと、恐る恐るティーカップに口をつける。 「…おいし」  どこかほっとしたような表情に、私も少し安心する。店長も彼の様子をちらりと横目で見て、のんびりとコーヒーを飲み始めた。
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