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【2-14】サリバン家の戦闘能力値
「次は、自分がご紹介申し上げる番でしょうか」
セシルの年齢問題で変わりかけた空気を引き戻すように、エレノアが口を開く。ほぼ表情の動きが無い彼女は、淡々と自己紹介をした。
「先程も一度名乗らせていただきましたが、自分はエレノアと申します。当屋敷のメイドです。自分はスカート類の着用は苦手ですので、このように燕尾服の着用をお許しいただいております。セシルには一歩劣っておりますが、エドよりは腕力脚力ともに鍛えておりますので、力仕事なども御遠慮無くお申し付けください」
「いやいやいやいや、なんかまるでオレが非力みたいな言い方しないでほしいっすー! セシルとノアが異常なだけで、オレだってちゃんと鍛えてるんすよ!?」
「お主の力量がどうだとしても、自分がそれより強いのは事実だ。──キリエ様、よろしくお願い申し上げます」
半泣きで訴えるエドワードを、顔色ひとつ変えず静かな口調で切り捨てたエレノアは、キリエに対してきっちりとした姿勢で頭を下げる。つられて、キリエもやや硬い動作で一礼した。
「こ、こちらこそよろしくお願いします、エレノア」
「ノアと呼んでいただいて構いません。皆からそう呼ばれておりますので」
「はい、分かりました、ノア」
エレノアは語るべきことは語ったと言わんばかりに、唇を真一文字に引き結ぶ。微妙な沈黙をどうしたものかとキリエが戸惑っていると、苦笑したリアムが代わりに話し始めた。
「エレノアは口数が少なく愛想も無いですが、細かい仕事まできっちりとこなす真面目な人間です。メイドとしてキリエ様の身の回りの細やかなお世話をさせていただく機会も多いでしょうが、彼女自身が言っていた通り力仕事も問題無くこなせます。セシルと同様に、エレノアもメイドとフットマンの兼任に近いものがありますね」
「なるほど……、ここで働いている方たちはみんな多才で力持ちなんですね」
「力持ち……、ええ、まぁ、その傾向はあるかもしれません。セシルとエレノアが当家の腕力の平均値を狂わせているような気はしますが」
彼の口ぶりから察するに、やはりエドワードが非力なわけではなく、セシルとエレノアの力が強すぎるのだろう。キリエは、少しだけエドワードを気の毒に思った。
「エレノアは短杖術を習得しておりまして、その道でかなり優秀な者でもあります。滅多に無いとは思いますが、万が一、私がキリエ様のお傍を離れなくてはならないとき、彼女とジョセフがいれば御身の安全は保証できるかと存じます」
「すごいですね……!」
「何か投擲できる物があればセシルも十分に戦えますし、エドワードは俊足の持ち主ですのでキリエ様をお連れして戦線離脱させることも出来ます」
サリバン家には必要最低限の使用人しかいないようで、警備を担当している者もいないように見受けられて不思議に感じていたキリエだが、リアムの説明を受けて納得した。使用人たちの戦闘能力が高いため、もしこの屋敷が何らかの襲撃を受けたとしても問題無く対処できるのだろう。
そもそも、サリバン家の当主が夜霧の騎士なのだ。そして、リアムは誠実で温厚実な人間で、無闇に敵を作るような男ではない。そのうえ、現在のサリバン家は没落貴族の烙印を押されており、リアムの口ぶりから推察すると、めぼしいお宝があるわけでもなさそうだ。此処を襲う理由や利点を持つ者など、そうそういないはずだ。
「──さて、これで当家の者たちは全員ご紹介いたしました。誰か気に入らない者がいる場合には、屋敷を去らせることも出来ますが、いかがいたしましょうか?」
「そんな、とんでもないです! 僕はここにいる皆さんに仲良くしていただきたいですし、色々なことを教わりたいです。どうぞ、よろしくお願いします」
キリエの一礼に応え、サリバン家一同は「よろしくお願いいたします」と綺麗に声を揃えて頭を下げた。
「では、顔合わせも済みましたし、キリエ様にはお召し替えをしていただきましょうか。本日はとりあえず一時しのぎということで、私が昔着ていたものの中から状態が良いものをお使いいただこうかと思いますが、それでも構いませんか?」
「勿論です。むしろ、お借りしてしまって申し訳ないです」
「いいえ、とんでもございません。我がサリバン家の物は全て御自分の所有物だと思って、ご自由になさってください。……セシルは、キリエ様のお召し替えを手伝ってくれ。ジョセフとノアは御部屋の準備を頼む。キャシーは軽い昼食の用意を。キリエ様はとても少食で、長旅や王家への挨拶で疲労を溜めていらっしゃる。温かいスープがいいかもしれない」
リアムからの指示を受け、使用人たちはそれぞれ了承の意を口にする。そんな中、何も言われなかったエドワードが己を指差しながら首を傾げた。
「リアム様、オレはどうしたらいいっすか?」
「エドは少し休んだらどうだ? 昼食もとっていないんだろう?」
「いえいえ、オレは疲れてないっすよ! 朝、キャシーさんがサンドイッチを持たせてくれたんで、外門前で待機していたときに食べてましたし、腹も減ってないっす。それより、オレもみんなと一緒に動いていたいんすけど」
エドワードは働き者らしい。じっと休んでいるよりも、色々と動き回っている方が生き生きする性質なのかもしれない。やれやれというように肩をすくめながらも、エドワードを見るリアムの目は温かかった。
「無理はするなよ?」
「はい、無理は禁物ってリアム様いつも仰ってますもんね!本当に無理はしてないし、めっちゃ元気っす!」
「じゃあ、キリエ様と一緒にいてさしあげてくれるか。キリエ様はまだ此処の雰囲気に馴染んではいらっしゃらないが、お前とは話しやすくされていらっしゃるようだから、お気持ちを解しながらお手伝いしてさしあげてくれ」
「かしこまりましたー!」
結局、ほぼ全員が二階へ向かうことになり、キャサリン以外の皆で食堂を出た後、エントランスの大階段へ移動する。セシルとエレノアが先に上り、その後にジョセフとエドワードが続き、次にリアムが上りながら振り向いた。
「キリエ様、御足元にお気をつけください」
「はい、だいじょ……、あれっ?」
大丈夫だと答えようとした瞬間、キリエの視界がぐにゃりと歪む。ほんの一瞬だけ意識が遠のき、キリエの全身が後方へ傾き、まるで宙に浮いたような感覚が生じた。当然、浮遊しているわけではなく、このまま階段下まで背中から落ちていきそうだ。頭を打つかもしれない。
咄嗟に目を瞑ったキリエの身体を、何かが包み込んだ。
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