口上

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「……なんだとっ」 兵馬が目を見開いて、身を乗り出す。 「あっしゃぁ、おったまげっちまってよ。 久喜萬字屋のお内儀(かみ)にも訊いてみたんでやす。 そしたら、お内儀は、 『舞ひつるは、ちょいと具合を悪うしちまって、養生のためにしばらく余所(よそ)へやってる』 っ()ったんでげす」 伊作がさように話すと、茶を淹れて持ってきた下っ引きの与太が口添えする。 「おいらが訊いた見世の()けぇ(もん)は、 『舞ひつる(ねえ)さんが具合悪うしてたなんて、見世の者はだれもとんと気づかなんだ』 っ()ってたんでさ」 下働きのおなごは、歳の近い与太と話すうちにずいぶんと打ち解けてしまい、あないに見世から口止めされていたにもかかわらず、つい口を滑らせていた。 ——まさか、行方知れずとは…… 兵馬は懐手をして考え込む。 確かに、この我が目にも、あの時分の舞ひつるに具合の悪い(ところ)なぞ、欠片(かけら)も見えなかった。 「……若さま、ちょいと理由(わけ)でも(こしら)えて、久喜萬字屋の旦那とお内儀をしょっ引きやすか」 伊作が気を利かせて促す。 「いや……おれには、まだそないな力はねえよ」 いくら「南町奉行所・筆頭与力の御曹司」とは云え、兵馬はまだ「見習い与力」だ。 ただでさえも、さしたる(あかし)もないのに、岡っ引きや下っ引きを手前勝手に動かしているのだ。 ましてや、まだ咎人(とがにん)かどうかも(わか)らぬ者をしょっ引いて尋問するなぞ、決して(ゆる)されることではあるまい。 ——ならば、如何(いか)にしようものか……
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